媚薬

 その日、政宗は閉めきった室内で一人思案に暮れていた。
 脇息に凭れ、姿勢を崩し、眉間に皺を寄せる政宗の前には薬包が幾つか置かれている。
 白い包み紙の薬包だ。面白い物が手に入った。そう言って、従兄弟がくれて寄越したものだ。
 連れ立っていたずらをした幼い頃を思い出す、薬を差し出した従兄弟のそんな表情に、中身を問えば媚薬の一種だと事も無げに答えてみせた。
 媚薬。催淫剤。
 房中で用いる薬だ。
 そういったものが存在すると、耳にした事くらいは政宗とてあった。だが実物を目にしたのは初めてのことで、からかい半分で毒見できるかと従兄弟に言えば、薬包を開いて白色の粉末を指先につけて、僅かの躊躇もなく舐め取ってみせた。聞けば、少量では何の影響もないと言う。
 だが一包分を何かの液体、白湯なり酒なりに溶かして飲めば効果は覿面、したくて仕方がなくなるはずだと太鼓判を押して、そして。
 真田に飲ませてみろ、と、楽しげに従兄弟は言った。
「Shit...!」
 思い出して、政宗は今日幾度目かの舌打ちを漏らす。
 政宗と、甲斐武田の真田幸村とが、恋仲になってめでたく季節が一巡りした。互いに想いが通じてから一年もの長い月日をかけて、ようやく口づけ合う仲に進展したのは最近のことだ。
 もっとも、政宗も幸村も、どちらからも頻繁に行き来する事など叶わない。互いの立場があり、身を隔てる距離があり。一年の間に会えた回数など片手の指で事足りる。それを思えば、距離の縮まる速度は別段遅いということもない。かもしれない。
 それでも、そんな関係だからこそspeedyに先に進みたい。
 平たく言えばヤりたい。
 考えて、政宗は歯軋りする。
 問題は幸村だった。幸村が、絶望的なまでに奥手なことだった。口づけに至るまでにも散々に恥らい抵抗を示し、閨へなど誘おうものなら顔から首から耳から見える肌すべてを赤く染めて、まだ早いだの破廉恥だのと大仰なまでに騒ぎたてる。終いには逃げる。そんな姿も可愛らしいと、余裕を持っていられたのははじめのうちだけだ。
 思い返して溜息を落とし、政宗は薬包を指で摘み上げた。
 正直、一服盛ってでもヤってしまいたい。気持ちも体も限界で、次があるかもわからない、そんな時世を思えば尚更だ。
 だが、薬に頼らなければ閨に引きずり込むこともできないのかと、そう思えば矜持に障る。
 けれど実際、その気にさせる事ができていないという現実もある。
 無理強いなどは好みではない。
 いや、薬を盛るのもある意味無理強いと言えなくもないのだが。だがしかし。
 苛立たしく息を吐いて、政宗はふと目を細めた。薬包を素早く小袖の袂に落とし込む。体を少しばかり起こして庭に続く障子を見た。
 政務もなく無意味に時間を費やしていたのは暇だからではない。理由があった。
 ややあって、その『理由』がどたばたと土を蹴って近づいて、
「政宗殿!」
 勢い良く開け放たれた障子の向こう、片脚の膝で縁側に乗りあげて昼過ぎの日差しを全身に浴びて、その日差しよりも余程眩しいような笑顔を浮かべて、真田幸村が姿を見せた。



 数日暇が出来そうだ。会えぬだろうか。そう文を寄越したのは幸村だった。
 構わない。政宗はそう返信した。そして、予定を調整して多忙の中から、幸村と過ごすための数日間の休みを捻り出した。
「どうした、早えじゃねえか」
 何事もなければ夕刻前には着けるはずだと、忍を使って交わした文にはそう書かれていたはずだ。予告より幸村の到着は随分早く、笑い含みに指摘すれば幸村は力強く頷いた。
「うむ! 一刻も早くお会いしたかったのだ。しかし馬には少しばかり無理をさせ、――あ」
 縁側で履物を脱いで室内に上がり込もうとして、その寸前で幸村は動きを止めた。
「ん?」
「その、某、早く着きすぎたのだろうか。何か予定があったのでは……?」
 心配そうに伺う幸村に、政宗は脇息に凭れた姿勢のまま、軽く肩を竦めてみせる。
 見ての通りだ。
 読み取った幸村は、ぱっと笑み崩れて室へと上がり、膝をついて政宗へと抱きついた。
 抱きつくと言っても色気など欠片もない、大きな犬が飛びかかってじゃれついてきたようなものだ。苦笑して受け止めた政宗の首のあたりに幸村は頬を摺り寄せ、鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。その行動もまた犬のようだ。
「今日は異国の香でござるな」
 幸村は香は好まない。ゆえに香にもあまり詳しくない。
 政宗はと言えば気が向けば焚くが香りに特に一貫性もなく、何の香かと問われれば名と入手元とを教えていた。今日焚いた香を手に入れたのは随分前だ。政宗の記憶にはないが、幸村に問われて教えたことがあったのかもしれないと考える。
「へえ? よく覚えてるじゃねえか」
「うむ。政宗殿から教わった事なれば」
「Han?」
 政宗は口の端を吊り上げて、片手で幸村の体を軽く押し返す。押されるまま体を離して視線を合わせた幸村に、政宗は目を細めて意味有りげに笑んでみせた。
「……なら、この前のやつ、覚えてるか?」
 問えば、一拍の後に幸村が顔を赤くした。
 口づけのことだ。政宗が教えた。
 赤面しながら幸村が頷く。
「あ……、それは、無論」
「Good」
 言って、政宗は伸び上がり、幸村の口の端に軽く口付けた。
 すぐに顔を離して視線で促せば、赤い顔のままの幸村が、躊躇いがちに政宗の頬に両手を添える。顔が近づけられる。そっと皮膚を辿る手のこそばゆさに、政宗は薄く笑って瞼を伏せた。


 柔い感触が、恐る恐るという様子で唇に触れる。
 喰むように動いて、触れて、唇の間で小さく濡れた音が鳴る。離れてはまた触れる。繰り返し、繰り返し。
「……、は」
 熱い吐息を幸村が零した。政宗はその熱を敏感な皮膚で直に受ける。
「まさむね、どの」
 不安そうな、掠れた声に名を呼ばれて、政宗は目を開けた。
「――Good. 続けてみな」
 言えば、すぐにまた唇が押し当てられた。幸村の唇がもどかしく動く。
 口づけにも初めは抵抗を示していた幸村だが、一度その羞恥を乗り越えてしまえば後はひたすらに素直だった。政宗の教えを忠実に真似る優秀な生徒で、やがて、互いの中を探り合ううちに欲求に任せて、政宗が怯むほど夢中で没頭しはじめた。今もそうだ。
 ぎこちない動きから次第に躊躇が消え、幸村は夢中で政宗の唇を吸う。舌で舐める。濡れた感触に政宗は唇の端を上げて少し笑う。舌を出して幸村の舌へと戯れるように絡み付けば、幸村は自らも必死に舌を絡ませて貪りに来た。
 口吸いなど破廉恥でござる、と、かつては騒いでいた口だ。
 だから、この先の行為とて、一度経験さえしてしまえば。きっと羞恥も躊躇も消えるに違いない。政宗はそう踏んでいる。
「ン……」
 幸村の舌が口内を舐る。政宗は幸村の背へと片手を回した。もう片手で、髪へと指を差し入れる。
 上顎や、舌の付け根や、届く範囲を舐め回した舌は更に奥を求めて蠢き政宗は呼吸に苦心する。上手く飲み込めなかった唾液が溢れて首筋を伝い、衣服を濡らす。じわり、と脳が痺れて思考が掠れる。奇妙な感覚。思わず背に縋る。その手から力が抜けそうになる。
「……は……ッ」
 長い長い口づけの後、幸村の舌が名残惜しげに離れて行った。
 軽く息を整えて、政宗はゆっくり瞼を開ける。
 途端、ごく間近で目が合った。
 茶色の目は濡れて潤んで、熱を含んで、どこか茫とした視線が政宗へと注がれている。その目を見て、政宗は直感する。
 ――今なら。
 行けるのではないか。越えられるのではないか。
 むしろ今越えねばいつ越えられるのだ。
 考えて、政宗は唇の内側を密かに舐めた。
 幸村の背に回した手をゆっくりと這わせる。寄せ合っていた体の距離を更に近くする。
 真田、と伺う響きで甘く名を呼んだ。



「政宗様?」
 二人分の白湯と菓子を盆に乗せ、開け放たれた障子から主の室を伺った小十郎は、顔を出すべきか去るべきか悩んだ末に躊躇いがちに声をかけた。
 部屋の中では政宗が、なぜだか力なく脇息に突っ伏して、そのうつ伏せた姿勢のままで顔を上げもせずにおうと低く声を返す。
「こちらに、真田は参りませんでしたか」
 庭を横切り政宗の室を目指す幸村の姿を、小十郎が見かけたのはほんの少し前のことだ。幸村の滞在予定は事前に政宗から聞かされており、ゆえに咎めることもなくそのまま通し、茶と菓子を用意して来たというのに室内には真田の姿が見あたらない。
 不思議に思って問えば、少しの後に政宗から億劫そうな声が返された。
「……来たぜ」
 その返事で、政宗のこの様は幸村が原因だと小十郎は理解した。そうだろうと思ってはいたのだが確信に変わる。
「左様ですか。して、今はどこに」
「……門に、槍を」
「なるほど。預けた槍を取りに行きましたか。手合わせをされるのは結構ですがくれぐれも庭など破壊されませぬよう。建物は論外です。練兵場を使用される場合は他の者の巻き込みにご注意くださればと。自信がなければ小十郎を目付け役にお呼びください。それと」
「小十郎」
「は」
 政宗は伏せた顔をのっそりと上げ、剣呑に細められた隻眼が小十郎を睨む。
「何か、ねえのか。この状態で。オレに言うことが」
「状況が読めませぬゆえ、何とも」
「……Kissして、Sexに持ち込もうとしたら、その前に逃げられた」
 あの後、体を探りながらその先の行為を匂わせれば、幸村は途端に我に返った。無理でござる、破廉恥でござる、そんな事より手合わせと参りませぬかと言い出して、言うが早いか立ち上がった。後にしろという政宗の声は耳に届いたものかどうか。得物を取って参ると言って、槍を預けた門目掛けて一目散に走って行った。
 もう間もなく戻るだろう。
 そして手合わせに引き出されるのだろう。
 考えて、政宗は暗く沈む。手合わせもまた幸村と会う時の楽しみではあるのだが、あのまま別の楽しみに雪崩れ込みたかった政宗である。口づけの間、確かに室内に満ちていた甘やかな空気など既に跡形もなく消え去った。
 じっとりと見上げてくる政宗に小十郎は無表情のまま返す言葉に悩み、
「のーこめんと、と、させて頂ければと」
 言えば、政宗は再び脇息へと突っ伏した。そして。
 こうなれば最終手段だ、と、袂の薬包を握り締めたことは、小十郎の与り知らぬ事柄である。



 従兄弟の言っていた通り、白く細かい媚薬の粉末は、酒に混ぜれば容易くその形を失った。
 だが、試しにその酒を舐めてみればほんの僅か、ごく僅かに、薬臭いような違和感がある。慎重に味をみなければ気づかない程度の違和感だが、幸村は鼻も舌も良い。何か飲み慣れない異国の酒、葡萄酒でもあればそれに混ぜてしまうのが最適なのだろうが、偶々手元に残っていなかった。
 思案の末に、政宗は濁り酒を選んだ。糟を漉していない濁酒ならば麹が強く香る。味の違和感もごまかしやすく、多少粉末が溶け残ったところで目につかない。
 更に肴を濃い味付けのものばかりにして、酔わせて、感覚が鈍った頃に盛ればおそらく気付かれないはずだ。そう踏んで、政宗は自ら用意したその酒を、二人きりの酒宴に持ち込んで機を伺っていた。
 昼間、あれだけ濃厚な口づけをしても駄目だったのだ。最早他に打つ手など思いつかない。情けないが、COOLでないなどと言っている余裕もない。
「政宗殿?」
 気づけば考えに沈んでいた政宗は、名を呼ばれて顔を上げた。見れば、幸村が銚子を掲げて政宗の夜数を伺っているところで、
「……おう。悪ィ」
「お疲れでござるな」
 笑い含みの幸村の言葉を肯定も否定もせずに流し、空になった杯を出せばそれへと酒が満たされた。朱塗りの馬上盃だ。口元に寄せれば上質の酒がふわりと香る。
 幸村は銚子を置いて、肴の膳から茄子のからし和えを口に入れると美味いと小さく声を漏らした。
「だろ? 小十郎の茄子だ」
「おお、やはり。流石は片倉殿!」
「オレの腕も褒めてくれていいぜ? あいにく団子の用意はねえがな」
 以前上田を訪れた時、幸村が団子を肴に酒を飲んで政宗を驚かせたことがある。それをからかって言えば、幸村が唇を尖らせた。
「政宗殿も遠慮せずに試してみれば良かったのだ。あれはあれで美味いのでござる」
 政宗は喉で笑って、ちらと幸村の様子を盗み見る。
 酔えば酔っただけ顔に出る幸村は、様子を崩すことこそあまりないが、色の白さもあって酒の度合いが分かりやすい。顔から首から、袖口からのぞいた腕まで赤い。
 頃合いか、と、政宗は数種類の酒を置いた盆の上から片口をひとつ手に取った。
「米と言えば、アンタ、濁り酒は飲むか?」
 白く濁ったそれの中身を示せば、幸村がぱっと顔に笑みを浮かべる。
 無邪気に喜ぶ幸村に罪悪感を覚えながら、政宗は片口を傾けて幸村の杯を酒で満たした。
 媚薬を溶け込ませた白い酒。
 片口に残った量はそれほど多くない。深めの馬上盃を用意したのも策のうちだった。数回注いで飲み切るようにと考えてのことだ。
 幸村が杯を口に近づける。気づくな、と念じながら政宗は何気なさを装って幸村の様子を伺った。匂いを嗅いだ幸村が顔を綻ばせる。それを見て、政宗は少し安堵する。だが、朱塗りの器が傾けられ、唇に触れたその瞬間。
 幸村が、目を瞬かせた。
 杯から顔を離し、注がれた酒を見て、政宗を見た。目が合って政宗はぎくりと身を硬くする。
 気づかれた。
 そう感じた。間違いなかった。けれど幸村は何も言わずに視線を杯へと戻し、何事もなかったかのようにそれへと再び口をつけ、
「――――ッ!」
 政宗は思わず片手をついて身を乗り出した。もう片手で、幸村の杯を弾き飛ばす。濁った酒を板の間に散らしながら、杯が、乾いた音を立てて転がった。
「……テメエ……」
 驚いて政宗を見る幸村を、唇を噛んで睨みつける。
「何で、飲もうとした」
 低く言う政宗に、幸村は目を丸くしたまま僅かに首を傾げてみせる。
「何故、とは」
「……気付いたんだろうが」
「それは」
「しらばっくれんな」
 幸村は困った様子で目を彷徨わせ、部屋の隅、飛び散った濁酒と転がって揺れる杯を見る。
「やはり、薬の匂いでござったか」
 言葉に、政宗はきつく眉根を寄せた。
「だから、気づいたなら、何で」
「某とて、政宗殿の知らぬことならば確認しようと思ったのだ。だが、見れば政宗殿がご存知のご様子だったので」
「……それで?」
「政宗殿が承知の薬ならば、何であれ、某を害するものではあり得ぬ。正体は知れずとも飲んでも良いものなのだと、そう思ったのだが」
 政宗は軽くめまいを覚えた。
 脱力するままに幸村の腕を片手で掴んで、肩に額を押し付けた。
「馬鹿か、テメエは……!」
「馬鹿とは心外でござる」
「ちったあ疑えって言ってんだ!」
「某が? なにゆえ政宗殿を疑わねばならぬのだ」
 心底弱ったという声音で言われて、政宗は言葉を失った。なにゆえも何も、戦場で会えば首を狙い合う間柄だ。
 器がでかいのか、馬鹿なのか。怒れば良いのか喜べば良いのか、どちらも選べない複雑な心境で溜息を落とし、政宗は密かに目元を歪ませた。
 敵わない、と苦く思う。
「媚薬だ」
 言えば、びやく、と幸村が繰り返した。
「催淫剤、って言やわかるか? わかるわけがねえよな。アンタが言うところの、“破廉恥”な気分になる薬だ」
「は……、え、ええっ!?」
 幸村が身を竦ませたのが、触れた肩から直に伝わる。その予想を裏切らない反応に政宗は吐息で笑い、悪ィ、と小さく呟いた。
「アンタが、ちっともその気にならねえから盛ろうとした。薬でその気にさせようとした。……馬鹿はオレだ。悪かった。二度としねえ」
 沈黙が落ちた。
 幸村の肩に寄りかかるようにして顔を伏せた政宗には、幸村の表情はわからない。
 ただ間近に戸惑う気配があり、何かを言いかけてやめたように幾度か細く息を漏らして、幸村の両手が政宗の肩を掴んだ。そのままゆっくりと押し返されて、体が離れ、幸村が無言で立ち上がった。
 見上げた幸村の顔は赤いが、表情は硬い。目は逸らされて視線が合わない。
 さすがに怒らせたか。呆れられたか。
 思いながら動きを目で追えば、幸村は酒を並べた盆の傍らへと膝をつく。
「な――、おい馬鹿、待て!」
 まさか、と思い止めようとしたがそれよりも早く、幸村は濁酒の入った片口を掴むと、中身を一息に呑み干した。音を立てて器を戻す。
「……政宗殿」
 濡れた唇を手の甲で拭う幸村は、硬い表情のまま視線を落とし、両膝に手を置いた。
「薬の力を……お借り致すが。その、某、不調法にて、これまで房事の経験がありませぬ」
 ああまあ知ってる、とは言葉にせずに、政宗は無言で頷いた。
「作法も確とはわからぬ始末で、このような某など相手にしてもつまらぬのではないかと、そう思うとどうにも怖気づくばかりで」
 膝に置いた手を、幸村がきつく握り締める。
「だがその、もし、政宗殿に教えを乞えるのであれば、某は……」
「そりゃ……アンタがいいってんなら、いくらでも教えるが」
「まことでござるか!?」
 ぱっと幸村が顔を上げた。酒でか、羞恥でか、幸村の目尻は潤んで赤い。さすがにこれほど早く薬が回ることはないだろうが、どれほどの速度で効くものかは政宗にはわからない。
 自分は動かないまま、政宗は幸村へと片手を伸ばした。口の端を上げ、無言で来いと促せば、立ち上がった幸村は政宗の正面に回って足を止める。膝を折り、伸ばした政宗の腕の中へとおさまるようにして、政宗の首に抱きついた。
「夢のようだ」
 ぽつりと、吐息混じりに幸村が言った。その言葉に、政宗の胸にじわりと暖かなものが染みて広がる。
「アンタ、本当に嫌じゃねえのか」
 問えば、幸村は慌てて首を横に振った。
「政宗殿こそ、後悔なされぬか」
「オレが? 後悔する理由がどこにある」
 ほう、と幸村が吐息を落とした。夢のようだ、ともう一度言う。
「このような某に――抱かれてくれるのだな、政宗殿」
「………………は?」
 思わず声をあげた政宗に、幸村がびくりと顔を上げた。
「え、えっ?」
「あ、いや。No, 何でもねえ」
 アンタがそっちか、と言いたい気持ちはあったがそれは堪えて、政宗は慌てて否定する。だが正直、その方向は考えてもいなかった。
 幸村は政宗より余程可愛らしい顔立ちをしている。今不安そうに政宗を見るその顔の、頬を染めた様も可愛らしい。この年頃の男にしては珍しいほど顔に男臭さというものがない。色事にも奥手だ。ついでに、だから何だというわけでもないが政宗の方が年も家柄も上である。何の疑問も持たずに自分が行動を起こす側だと政宗は考えていた。それを。
「……政宗殿?」
 抱け、と即答もできずに政宗は言葉に詰まる。手解きをするからとりあえずオレにやらせろと、そう主張したくもあったが、それでまた幸村の気が変わりはしないかという不安もある。
「Uh, ……ちっと、待て」
 自ら媚薬を口にしてまで幸村が覚悟を決めたのだ、出来るならどちらでも構わないだろうと思いもするが、予想外の展開に覚悟を決めかねてもいる。
 それでも、政宗の答えを待ってどこか心細いような、縋るような目で見つめてくる幸村に。
 YES以外の選択肢を伝えることは政宗にはできなかった。


「……っ、てえ」
 行為を終え、仰向いた姿勢で息を整えながら、政宗は堪えきれずに呻きをあげた。
 一度経験してしまえば羞恥も躊躇も消えるに違いない。
 その政宗の読みは正しかった。
 まずは抵抗をなくす事からと座したまま幸村の下肢に指を絡めて煽って、幸村の手を政宗の雄へと導いて、舌を絡ませながら互いの手の中で一度達した。
 その一度で、幸村の躊躇が消し飛んだ。
 口づけを教えた時と同じだった。
 知識がないくせに逸る幸村を導きながら、逆に政宗の方が翻弄されそうになる始末だった。
「Shit, 酷え有様だ」
 肘をついて少し身体を起こせば、胸から腹から体液で酷い有様だった。
 途中まではどうにか政宗の導きに従っていた幸村だったが、挿入してしばらくしたあたりから制御が全く効かなくなった。あれが薬の効き始めだったのだろうと、思い返して政宗は密かに舌打ちする。
 受け入れる側など初めての事で政宗にも余裕などなく、幸村の暴走を真っ向から受け止める以外になかった。加減しろ、と幾度言っても届かず、聞き入れられずに、散々に後ろを突かれて出されて、前も執拗に擦られて政宗もまた幾度も達した。もう無理だ、と音を上げてもまだ搾り取られた。
 申し訳ござらぬ、と、薬の熱の引いた幸村が幾度目かに謝る。
「その、傷に効く軟膏か何か、あれば」
「ある。後で塗るが、今は、ちっと」
 触りたくねえ、と吐息で漏らせば、幸村がまた頭を下げた。
「……申し訳ござらぬ」
 眉を下げた情けない顔をうつ伏せた姿勢から横目で眺め、政宗は指を曲げて幸村を近くに招く。
 前屈みに幸村は身を低くして、その肩から前に垂れた後ろ髪の一房を、政宗は掴んでぐいと強く引っ張った。後ろには未だ幸村が入っているかのような感覚が抜けず、傷ついて熱を持って鋭い痛みに疼いている。けれど。
「またヤろうぜ」
 言えば、幸村が驚いて目を瞠った。
 散々な目に遭ったのは確かだが、ようやく繋がれたのだと、その事への充足感もある。そして、幸村に余裕なく欲しがられ求められる感覚、それ自体は全く悪くはなかった。また抱かれる側でも構わないとそう思えるくらいには気に入った。
「何だ? ヤり方は覚えただろうが。次も薬の力がないと出来ねえか? それとも、オレの具合が良くなかったとでも言うつもりか?」
「否、そのようなことは!」
「Good boy. なら、次はしらふでな」
 幸村は幾度も頷いて、気遣わしげな顔のまま、ようやく笑みを浮かべてみせた。政宗は掴んだ髪を更に引いて、幸村の顔を引き寄せて、ちゅ、と軽く口付ける。
「ところで……何か、拭くもんとかねえか。さすがに……」
「ああっ!? す、すまぬ、今すぐ」
 幸村は慌てふためいて、荷から懐紙を引っ張り出す。
 その横顔を眺めながら、本当に媚薬だけは二度と使うまいと、政宗は強く心に決めた。

初:2012.08.30/改:2013.04.03
[ リク内容:真田のあまりの奥手さに痺れを切らして媚薬を使ってみる伊達 ]
リクエスト頂いてからものっっっすごく年月が経ってしまってすみません!ほんとすみません!