蛇足

 行為を終えて後始末をし、ぽつぽつと話をするうち、政宗はいつの間にか眠ってしまった。
 幸村はといえば未だ心が落ち着かず、体を寄せて横たわって、始末の時に点けた灯りをそのままに政宗の寝顔を眺めていた。
 最中、幾度も制止されたことは覚えていた。聞こえていた。ただ、聞こえているだけだった。初めて知った交わりに夢中になって、欲しいと思うままに貪って、どれほど犯しても足りず、気づけば随分負担を強いてしまった。あれを、薬のせいばかりにして良いものか幸村にはわからない。
 細い、政宗の寝息が耳に届く。
 政宗が幸村の前で眠るのはこれが初めてのことではない。
 思いが通じ合ってから、布団を並べて、或いはひとつ褥で幾度も眠った。幸村に膝枕を申し付けて瞼を閉じ、本当に寝入ってしまったこともある。
 瞼の下に強い意思を湛える瞳が隠されてしまえば、政宗の印象は常より幾分幼くなる。幾度見ても見慣れることなく、その度胸がざわつくような心地があった。
 政宗は人前で眠らない。
 そう教えてくれたのは、竜の右目・片倉小十郎だ。
 まだ出会って間もない頃。幸村が自分の想いを自覚していなかった頃のことだ。
 使者として奥州を訪れた。政宗の部屋で飲み比べになった。幸村が先に酔い潰れた。潰れたあたりの記憶はない。ただ、目を覚ませば幸村は畳に直に寝ていて、体には軽い上掛けがかけられていて、部屋の隅には昨夜の酒器がそのままで、そして少し離れた場所では政宗が、上掛け代わりか小袖を掛けて無防備に寝息を立てていた。
 起き抜けの頭では咄嗟に状況を把握できず、戸惑っているうちに起床を促しに来た小十郎が障子を開けて、室内を見るなり大仰なまでに目を瞠って絶句した。
 偶々小十郎と二人になる機会を得たのは、それからしばらく経ってからのことだ。
『政宗様は、……あの方は、易々と他人に寝顔を見せる方じゃねえ』
 その人にしてはらしくなく、歯切れ悪く小十郎は語った。
『テメェには想像もつかねえだろうがな。ああ見えて警戒心の強い方だ。寝所に近づくのを許されている者は、俺を含めて片手の指にも足りてねえ』
 だから起床時刻を知らせるのは主に自分の役目なのだとも。
『それを……。ある意味、テメェは大した野郎だぜ』
 言って、小十郎は苦く笑った。
 先に潰れたのが幸村なのだから、政宗だけ寝間に移るなり、幸村を別室に運ばせるなりできたはずだった。
 だが政宗はそれをしなかった。
 そしてその時だけでなくそれからも、政宗は幸村の前で眠ることに躊躇いを見せたことはない。
「……ゆえに、でござる」
 なぜ薬に気づいた上で口にしようとしたのかと、あの時の問いの答えを、幸村はひっそりと呟いた。
 私的に会う時間の中で、政宗のする事、出す物、すべて疑う必要はないのだと、あの片倉の話を聞いた時に心に落ちた。だからそうした。それだけの事だった。そしてこれからもそうするだけだ。元より、戦場以外で幸村の首を狙うような、そんなつまらないことをする相手ではないと感じてはいたが、佐助などには甘いとさんざん窘められたし理由もなかった。それを、あの時に強い根拠を得たのだから。
 政宗には言わない。言えない。小十郎が言うような警戒心の強い一面を幸村は知らないが、存外照れ屋だという事ならば知っている。
 幸村は指先で政宗の頬に触れた。政宗は目を覚まさない。
 身動いで、今は眼帯の紐のない政宗の額に自分の額を触れさせて、幸村はそっと目を閉じた。

初:2012.08.30/改:2013.04.03