五

 土間と、板張りの間が三つばかりの簡素な小屋は、周囲を目隠しの竹垣と植え込みとで覆われている。
「長旅ご苦労さん、っと」
 竹垣に据え付けた小さな木戸を押して、そのままささやかな庭へと回れば、烏は濡れ縁に羽を畳んで休んでいた。
 労う言葉をかければ、甘えるように鳴いた烏とは、佐助がまだ里で修行を積んでいた頃からの付き合いだ。
 利口な相棒だ。
 一度行った場所は覚え、ある程度は言葉を理解している様子も見せる。その片脚に結ばれた青い紐を改めて見て、佐助は危ねえと独りごちる。
 受け取った、と、その印のつもりだろう。
 杉に止まった烏を見た時、紐の存在には気づいていた。その色にも。鮮やかな蒼。佐助とて真っ先に連想するのは政宗だ。
「そりゃわかりやすいけどさ……。真田の旦那に追求されなくて良かったよ」
 烏が止まり木に選んだ場所も幸いした。あと少し近ければ、幸村の目にもはっきりと見えたかもしれない。
 佐助は、羽根の間を嘴で掻く烏の脚から紐を外す。少しずつ指で摘んで感触を探り、目の前に下げて矯めつ眇めつする。
 何も仕込まれていない。何の印もない。だが、上等なものだとひと目で分かる。
 政宗のものに間違いないだろうと頷いて、佐助はその紐を手早く丸めて軽く結んだ。幸村の記憶が戻ったら事情を話して渡せばいい。そう考えるが、この様子では無駄になる可能性の方が高く思えた。
 思いつく限りの手立てを講じた。
 薬。まじない。不意打ちで転ばせてみた事もあった。
 だが幸村の記憶は戻らない。
 戻らないものだと思って対処せよ。年が明けて信玄にはそう言われた。佐助もその心積もりでいたが、何かの拍子に思い出しはしないかと、その望みは常に心の隅にある。
 けれどそれも捨て時かと、冬を見送りながら諦めた。
 記憶が戻ったら報せをよこせ。政宗にはそう言われていた。戻ったわけでない以上余計な事かと思いながらも、半年が過ぎるその区切りとして文を書いた。
 柿の木から落ちる前と、今と。
 幸村はさほど変わらない。変わらないように見える。
 時折不安そうな表情を見せ、考えに沈む姿も見かけるが、記憶が欠けている以上それは仕方がないだろう。だが事ある毎に誇らしげに信玄の偉大さを語って聞かせ、信玄と会えば暑苦しく殴り合う様は、記憶の一部が失われている事など忘れそうになるほどだ。
 その口に、政宗の話題がのぼらない事だけが以前と違う。
 聞いている佐助がうんざりするような惚気話を、幸村が照れくさそうに幸せそうに口にする事がないというただそれだけの。
「っていうか大概毒されてるよ、俺様も」
 ねえ、と烏に語りかけ、佐助はその場に草履を脱いだ。紐を片手に障子を開けて小屋に上がる。納戸に向かおうとして、佐助はふと戸口を見た。
 足音。
 様子がおかしい、と、誰よりも詳しいその足音から佐助は主の機嫌を計る。手に持った紐を見た。隠すべきかと、考えてやめた。垣根の木戸が軋む。小屋の戸が無言で引き開けられる。「良いか」
 硬い表情の幸村が、三和土から、睨み付けるような目を佐助へと向けた。
 声は低く、抑えた怒りを含んでいる。
 濡れ縁から烏が飛び立ち、木の上へと居場所を変えた。
「どうぞ? なに、旦那」
 少しの予感と共に問えば、幸村は、大方予想した通りの言葉を口にした。
「先程の紐だが」
「うん?」
「見せてくれるか」
 言われて、佐助は密かに溜息を落とした。
 幸村に近づき、土間と室との段差の隅に膝をつく。紐を持つ手を開いて上向ければ、幸村がそれを摘み上げた。
「良い品だな。良い色だ」
 ひと目で上等のものとわかる青い紐。
「そう落ちているものとも思えぬ。何処の竜に出した使いだ」
 竜と断定した幸村に、佐助は苦笑した。
「やだな、何であの距離で色判んの」
「はっきりと見えたわけではない」
「そっか。奥州の独眼竜に、旦那の状況を知らせる文を送った。俺様の独断でね。黙ってたことは悪かった」
 軽く肯定した佐助に、幸村は一睨みをくれて、苛立たしげに息をついた。
「何故、俺に何も言わぬ」
 痛みを堪える時のような声だ。
 佐助は眉根を寄せて困ったような笑みを浮かべる。
「ほんと、ごめん。けど」
「謝るな。お前の忠義など疑う余地もない。何かを隠すとすれば俺のためだと、それくらいの事はわかっている。……俺とて、二度は間違わぬ」
 佐助は目を瞬かせた。伊達の城で目を覚ました時の事を言っているのだと、うん、と頷いて言葉を探す。
 幸村が、どこまで聞けば納得するか。
「あのさ。ほんとは」
 幸村は黙って、土間に立ったまま佐助を見下ろす。
「真田の旦那に言ってあるよりもずっと、奥州とは親交が深いんだ。武田が、ってんじゃなくて、真田の旦那が個人的に。この屋敷の人間もほとんどが、誰かって事はわからなくても、独眼竜の顔を見知ってる」
「それだけ、行き来があったということか」
「そう。逆に真田の旦那も、俺様も、伊達の城に行けば顔を見せるだけで門を通れる。伊達の旦那の部屋まで、誰に咎められることもないよ」
「お館様はご存知のことか」
「うん」
 それを聞いて、幸村の目から僅かに険が削がれた。
「……そうか」
 自分が、信玄に隠れて独眼竜に通じていたのかと、そんな疑念を抱いたのだろう。
「ま、そんなわけで。親しかったからさ、独眼竜の旦那もきっと真田の旦那の心配してる。気にかかってたんだ。無断で動いたのは、ほんと悪かった」
「いや、いい」
 安堵と共に瞼を伏せ、幸村は改めて佐助と視線を合わせて言う。
「それで、後は何を隠している?」
「何って?」
「佐助」
 焦れた様子で、咎める声音で幸村が名を呼ぶ。
 こういう時の幸村に殆どのごまかしは通じない。
 佐助はそれを経験で知っていた。
 子供の頃からそうだった。幼い幸村の耳に入れたくない話を上手くはぐらかそうとしても、常ならば驚くほど素直に言葉の通りに信じるくせに、何かに勘付いたが最後、偽りを混ぜればどこまでも見抜いた。
「……旦那のためでも?」
「俺のためでもだ」
 幸村は即答する。
 佐助は溜息一つで腹を括った。
「ちょっと待ってて」
 言い置いて佐助は納戸に入り、棚の奥から、文をしまった木箱を取り出して幸村の前へと置いた。
 蓋を開けて中身を示す。
「何だ」
「旦那宛の、独眼竜の旦那からの文」
「独眼竜からの? なぜ、それをお前が持っているのだ」
「元は旦那の部屋にあったんだけど、奥州から戻った日に俺様が隠した」
 見せたくなかったんだ、と佐助は続ける。
「恋文だからさ」
 政宗が聞けば盛大に眉を顰めるだろう。直接的な愛の言葉などは書かれていない。あの竜が書くわけもない。だが、恋文には違いない。
 ぱちん、と音がしそうな瞬きをして、幸村が呆けたように口を開けた。
「……こいぶみ?」
 間の抜けた表情を見せる幸村は、意味を飲み込めずにいるようだった。
「そう。恋仲ってやつでした」
「誰と、誰がだ」
「真田の旦那と、伊達の旦那が」
 その眉間に徐々に皺が寄り、怒った様子で佐助を睨む。
「佐助、このような時に冗談はよせ」
「さすがに俺様もこの流れで冗談は言わねえって。信じられないだろうけど、ほんと」
 幸村は文を手に取らずに表書きだけを呆然と眺め、少しして、どこか縋るような目を佐助へと向ける。
「……まさかそれも、お館様はご存知のことか?」
「うん」
 幸村は長い長い沈黙の後に、わけがわからぬ、と憤った声で呟いた。


 幸村が立ち去った小屋で、佐助はひとり溜息をついた。
 この半年足らずの間、何の動きもなかったものを。
「重なる時は重なるねえ……」
 政宗への文を持たせ、烏を送り出したのは昨日のことだ。その日のうちに帰り着くかと思っていたが、何か事情があったのだろう、戻りが今日になったのは想定外の事だった。
 そして今日に限って、幸村が政宗の姿などを望んできた。
 まさか政宗が烏に青い紐などつけて返すなどとは思わず、応じた佐助も迂闊ではあった。あれがなければ、長く独眼竜の戦装束を見ていない幸村が、青い紐を即座に政宗に結びつけたかどうか。
「――ま、転がる時は転がしちまえ、ってね」
 戦とて、どれほど膠着状態が長くとも、動くときは一瞬で怒涛の如くだ。
 ただ。
「大丈夫かねえ、真田の旦那……」
 まだ自覚もないうち、恋心の何たるかも知らぬうちに、あの独眼竜と恋仲だなどと知らされた主の胸の内を思えば自然と眉間に皺が寄る。


 文箱を室へと持ち帰り、その日のうち、幸村が目を通せた文は一通だった。
 内容は他愛のないものだ。
 幸村の酒の強いことに驚き、幸村が持参した焼酎を褒める。
 甲斐も良い酒が出来るものだと、平らげるのが楽しみだと冗談めかして、酒も良いが次があれば素面で楽しませろと締め括られている。
 佐助は恋文と称したが、親しい友の範疇に思えた。
 だがその一通すらも受け止めきれず、幸村は混乱を抱えたまま布団に潜った。
 一日置いて、向き合う覚悟ができた。
 それでも、朝餉を腹に入れながら、堂々巡りの疑問に頭を占められて、飲み込むように済ませた食事は味がしなかった。わけがわからないのは一晩経たところで変わらずだ。
 武田と伊達が友好を結んだ時期はない。
 それは小屋を立ち去る間際、佐助にも確認した。戦場で会うのが楽しみだと政宗も言っていた。
 だというのに自分と政宗が恋仲にあって、信玄も知りながら黙っているという。
 理解できない。
 幸村が伊達の城で目を覚ましたあの時も、使いに訪れたのではなく、幸村が個人的に政宗に会いに行ったのだと真相を聞かされた。
 閉めきった部屋で向かい合うのは稀な達筆。
 眺めながら頭をめぐるのは、何故、という言葉ばかりだ。考えるほどぼんやりと思考が霞む。
 署名はない。筆跡以外に、その文を認めた人物を知る手がかりはない。繊細な文字は、戦場での政宗の猛々しい印象とは遠くかけ離れているように思え、反面、記憶に残る太刀筋に似つかわしくも感じられた。
 その流れるような筆跡にそぐわない、やや度が過ぎるほどにくだけた時節の挨拶。
 くだけた文章はそのままの調子で、幸村の茶の点て方を罵る。仮にも武士ならば少しは何とかしておけと呆れ、上達したら袱紗の一つくらいは褒美にくれてやると続く。
 親しかったのだろうと、それは感じ取れた。
 だが。
「……それが、何だというのだ」
 苛立たしさを乗せて幸村は呟いた。次の文を手に取り、開いた。それにもやはり署名や花押は記されていない。
 冒頭は愚痴だった。今年は冷える。そちらはどうだ。
 そして、暇が出来たら来いとの誘い。
 幸村が居れば寒気が和らぐ。火鉢などより余程良い。それを思えば、冬は会えぬ時間が殊のほか長い。
 息苦しさを覚えて、幸村はいちど深く呼吸した。何か胸に重い塊が詰まったような、そんな心地の悪さがある。
 知らない文だ。
 知らない出来事だ。
 何一つ、自分に向けられていない言葉だ。
 恋などと、そんなものは知らない。考えるのも気詰まりだ。
 あり得ない。ほど遠い。自分の知らないいつかの時間に、自分と政宗が恋仲だったとして、そんなものは今の自分には何ら関係のない事だ。
 ただ一つだけ、腑に落ちた。
 奥州、伊達の居城での別れ際。自分へと向けられた政宗の目。
 何かに堪えるような。
 淋しげな。苦しげな。
 あれは、恋うる相手に向けたものだったに違いなかった。
 目の前にいる、自分の姿を素通りして。
 疑問は晴れた。だが胸の中に満ちた靄は薄れず、晴れずに、逆に密度を増して胸を詰まらせる。膝に置いた手を、幸村は袴の布地ごとゆっくりと握りしめた。
 そこに。
「真田の旦那!」
 鋭く緊張した声に、幸村ははっと顔を上げた。
 腰を上げ、庭に面した障子を開け放てば、佐助と若い忍が一人、地面に片膝を付いて頭を下げる。
「どうした」
「東で戦闘が起こった。忍隊が」
 幸村が大股で縁側に出れば、佐助の傍らで頭を下げた忍からは微かに血の臭いが漂ってきた。


「小競り合い?」
 偵察に出ていた草が報せを拾って戻ってきたのは、政宗が論功行賞のための判断をあらかた終え、一息ついたところだった。
「はい。甲斐の北方で」
 山道を移動している途中、身を隠すように進む不審な一団に気付いたのだとその男は言う。物陰から様子を伺ううち、そこへ現れた甲斐の忍と件の一団とで戦闘が始まった。双方援軍を呼ぶのを目撃し、急ぎ奥州へ戻って来たという。
 不審な一団の大半は忍の動きで、うち二、三が武将と見えた。忍の様子から北条の者ではないかと草は言う。
 詳細な位置を聞いて、政宗は緩く握った指の背を口元に当てて目を細める。
「軍神のとこに向かう途中、か」
「数人を囮に武将を逃がしておりましたが、険しい山道です。順調に進んだとしても、身を隠しながら上杉領に抜けるには一両日はかかりましょう。追っ手がかかればそれ以上」
「……真田が出るな」
 言ったのは小十郎だった。草が頷く。
「忍同士の戦になりますれば、位置的にも、状況的にも、恐らくは」
 ご苦労だったと声をかけ、小十郎はそれを下がらせた。政宗へと向き直る。
 政宗は脇息に凭れて畳に目を落とし、小十郎の視線にも気づかない様子で何かを考え込んでいた。
 小十郎は主のその様子をひととき眺める。表情を選びかねて、結局難しい顔になって一度深く息を吸った。ゆっくりと吐き出して気を落ち着ける。
「行かれては如何ですか」
「……あ?」
 意外な言葉に、政宗は口を開けた。すぐに皮肉めいた笑みへとすり替える。
「いいのかよ、論功、まだ途中だぜ? 全部テメエに押し付けろとは、ずいぶん剛気じゃねえか小十郎」
「あらかた終わっておりますからな。取り纏めを一任していただけるのであれば」
「……本気で言ってんのか?」
「無論」
 小十郎は本意ではないとでも言いたげな渋い表情で、それでも更に言葉を繋いだ。
「検分の最中、気もそぞろなご様子でしたな」
 政宗は脇息に凭れた姿勢で、探る視線で小十郎を見る。
「そう見えたか?」
「さて、違うとでも?」
 政宗は答えない。
 小十郎に対しては、話をはぐらかす事はあっても偽りは口にしない政宗だ。返事を待たずに小十郎は続ける。
「いつまでも思い悩まれていては政務に差し障ります。それが晴れるのであれば、今この作業を放り出されるくらい安いもの。どう悩んでおられるかまでは小十郎には解りかねますが、遠目にでも」
 小十郎は一旦切って、言葉を探した。
「遠目にでも、原因を、見ればお心も決まるかと」
 政宗はひたと小十郎を見据える。視界の隅、庭には柔らかな春の色をした花が控えめに花開き始めている。
小十郎から視線を逸らし、それを見た。薄紅色をした小さな花弁。ぽつりと言った。
「ちっと前は、冬だったのにな」
 政宗の視線を追って、小十郎も庭を見る。
 半年。
 思い返せば瞬きの間だ。
 今日こそ元に戻ったとの報せが来るのではないかと、待ちわびていたのは初めの数日だけだった。
 幸村の事が気にかかり、居ても立ってもいられないような思いに悩まされもしたが、そんなものはひと月経つ頃には落ち着いていた。
 忘れたわけではない。変わらず気にかかっていた。だがそれすらも当たり前の日常になっていた。
 きっともう半年も、同じような早さで過ぎて行く。
 戦があれば尚更早い。
 その先の半年は、きっとそれよりも早く過ぎる。
 そうしてこのまま。
 一年、二年。
 時間を重ねれば消えるのではないかと、幸村を甲斐へと帰してからずっと考えていた。
 古い屏風絵が年経ていつの間にか薄れ掠れ消え行くように。自分のくだらない、今は耐え難く思う執着など、時の流れがいつか自然に消し去るのではないかと、そんな考えが頭の片隅、こびりついてずっと離れずにいた。
 操立てなどするつもりはない。
 だが幸村以外に心は動かず、道具として女を扱えるほどには割り切れていない。
 それを思えば、今は機だった。
 このまま時を過ごし、忘れ、何ら呵責なく適当な家から嫁を娶り子を成す。後顧の憂いなく天下取りに踏み出す。自分を信じて従う者達の事を思えば、そうするべきだと解っている。
「前にも聞いたな、小十郎」
 自分が、天下を諦めることはない。
 ならばその途上には必ず武田が、幸村がいる。
「この機に攻め込んで討ち取っちまえ、とは言わねえのか?」
 小十郎は黙って目を瞬かせた。
 いずれは自らの手で消すものだ。幸村は武田を離れない。そして自分はまた、幸村と雌雄を決する瞬間を諦められない。
 刃を合わせ、上手く下せればという思いもあるが、どちらかの命尽きる果てを見たいとそれは変わらない渇望だ。他の誰とも違う、他の誰よりも自分の血を沸き立たせる相手だ。その瞬間の愉悦がこの身に欲しい。
 けれど、失って、心が痛まないとも思わない。それならば。
 政宗殿と自分を名で呼び手を伸ばしてくる幸村はあの秋の日に消えた。そう思えば。
 楽なのではないか、と。
 ――そこに行き着く。
 女々しいことだと、自嘲したところでその考えは頭から離れない。自分はあの体温を知ってしまった。だが得難い敵であること、それ以外の執着が洗い流されてしまえば、きっとその痛みから逃れられる。
 そう思っていた。
 小十郎は、真意を探るように政宗の様子を伺っている。
 思案して、口を開く。
 その唇が何かを言いかける。
 政宗は腰を浮かせた。
「……待て」
 思わず遮った。小十郎が目を見開く。
「待て、小十郎。無しだ。取り消す」
 早口に言って、政宗は苦々しく舌打ちした。顔を歪める。どかりと乱暴に腰を据え直した。
 小十郎が何を口にしかけたのかはわからない。けれど。
「悪い。……甘えようとした」
 小十郎に言わせてしまいたかった。攻め込め、討ち取ってしまえ、とその言葉を聞きたかった。自分の心ひとつ自分で決められずに、決断を押し付けようとした。
 情けねえ、と独りごちる。
 できるわけがない。そう言われたところで従えるわけがない。今が機だと、半年もの間そう考え続けて未だに思い切れずにいるものを。
 鉢巻すら、まるで縁の如く手離せずにいた。
 政宗は乱暴に髪を掻く。
「主ヅラしといて、テメエの妄念ひとつ処理できねえ。ざまあねえな」
 目を上げた政宗はばつの悪さを隠しもせず、情けない顔で小十郎を見た。
 立ち上がる。
「なあ。本当に留守、任せていいか」
 小十郎は驚いて、けれどすぐに背筋を伸ばすと頭を下げた。
「承知。しかし、遠目にですぞ」
「I see. わかってる」
 政宗は胴服を脱ぎ捨てる。
 鎧を、と部屋の外に向けて声をあげた。

2013.06.09