七夕小ネタ
■7月8日 奥州
真田幸村は猿飛佐助と七夕飾りを作っておりました。
その日、伊達の居城に帰還した一人の忍は、西国の情勢を纏めた報告の最後をそんな言葉で締めくくった。
各地の偵察に放たれた伊達の忍は、その帰途、可能であれば上田を通る決まりになっている。
理由は言わずもがな、真田幸村の様子見だ。
偵察とまでは言わない。が、遠目に様子を伺って、得るものあれば報告せよと、そういった命を受けている。
「七夕飾り……ねえ。Pureな野郎だぜ」
ガキじゃあるまいし、と、政宗は脇息に凭れて鼻を鳴らす。傍らに控える小十郎は、ちらと視線を政宗へと向ける。
「子供に限った風習ではありませぬが」
「あァ、わかってる」
うるさそうに政宗は片手を振った。
七夕が近くなれば市中のあちこちに飾りを施された笹が立ち、民はささやかな願いを書いた短冊をそれへと吊るす。その大半は他愛もない内容だが、中には考慮すべき意見が混じっていたりするので、投書箱がわりのreserachだと七夕当日には部下を数人町に調査に行かせてあった。その部下たちは、今は集めた願いを分類する作業に取り掛かっている。政宗の元に報告が上がってくるにはあと1日か2日かかるだろう。
「けどよ小十郎。色に浮かれて仕事放って遊び呆けて引き裂かれて年イチでしか会えねえ。そんな奴らにあやかろうなんざ縁起悪いにも程があるだろ」
なあ、と同意を求める政宗に、小十郎は苦いものを口に入れたかのような渋面を作る。
「政宗様、おっしゃっていて胸は痛みませぬかな」
「あァ? どういうことだ」
「……いえ」
時折、小十郎の居ぬ間や隙を突いては仕事を放って突発的に甲斐の真田幸村に会いに行く。そんな主の行動を咎めようとしたのだが政宗には通じなかったようだ。確かに政宗は仕事をないがしろにしているわけではない。考えなしの行動のように思えても急ぎの事案がない時を見計らっており、戻ってくれば素晴らしい勢いで働き取り戻す。
何でもございません、と言葉を切る小十郎を政宗は怪訝そうに眺め、肩を竦めると黒脛巾へと目を戻す。
「で、真田は何て書いていやがったんだ?」
「いえ、それが、大量の短冊が吊るされていたのですが遠目に文字までは見て取れず……」
「Humn, ま、どうせ信玄公絡みが殆どだろ。Thanks. 休んでいいぜ」
は、と頭を下げる黒脛巾の常人よりも優れているはずの目が、遠眼鏡をもってしても短冊の内容を見てとれなかったのは小十郎にとって幸運だった。
信玄絡みが殆どどころではなく、信玄に関する願い“しか”書かれていない。
そんな事実を政宗が知れば、どういう事だと上田に乗り込んでまた政務が滞る羽目に陥ったに違いなかった。
■7月7日 上田
幸村の室の前、廊下の柱に縛り付けられた笹飾りをつらつらと眺めて、佐助は軽く溜息をついた。
「ほんと、毎度のことではあるけどさ、滅多に見ねえぜこんな笹……」
元は佐助の背のニ倍ほどの長さであった笹は、今はその半分ほどの高さになっている。細い枝の股を足がかりに登らねば先端に手が届かなかったものが、今は地上からでも余裕でその全体に手が届く。
吊るされているのは僅かばかりの七夕飾りと、圧倒的な数の短冊だ。所狭しと吊るされた短冊の紙の重さに耐え切れず、笹が大きくたわんでいるのだ。
「何を休んでおるのだ佐助! 日暮れまであとわずか、書けるだけ書いて、吊るせるだけ吊るすのだ! おおお果たしてみせますぞお館様ァァァァ!!」
「はいはい、……っと」
室内では猛烈な勢いで幸村が短冊に願い事を書き続けていて、佐助は墨が乾いたものを選んで集めそれらを笹に吊るしていく。
お館様のご上洛が叶いますよう。
お館様がご健勝であられますよう。
短冊に書かれた願い事はそんな内容ばかりである。毎年そんな内容ばかりである。
こんな枚数を書かれては天も無視しようにもできないんじゃねえのと、これも毎年思う事だが呆れ混じりに佐助は考え、だが俗に言う高い場所ほど願いが届きやすいという説を採ればこの笹は大きく失格だ。
けれどそれは思うだけで幸村に言うことはない。幸村が知れば天に届く笹を用意せよなどと言いかねない。いや、多分言う。
そしてもうひとつ。
言わないでおこうかどうしようか、考えて、佐助は好奇心に負けて口を開いた。
「あのさあ、旦那」
「何だ?」
筆を走らせる手は止めずに、幸村が声だけで返す。
「願い事、これだけでいいの?」
「他に、何だ? 佐助も何かあれば書いて構わぬぞ」
「いや、俺様は遠慮するよ。そうじゃなくて、独眼竜のこととかさ」
ぴた、と、幸村の筆が止まった。
しかしすぐにまた勢い良く文字を綴り出す。
「それは……良いのだ」
心に引っかかった何かを解くような間の後に幸村は口を開いた。
「それは、俺が俺の力で叶えることだ。だから、政宗殿に関する願いは、己の胸に書き記す。……それで良い」
「ふうん。でも、お館様のご上洛だって旦那の力が重要でしょ」
「無論、俺とて全力でお仕えする! だが、俺の力だけではどうにもならぬのだ。ご上洛には機運が絡む」
おや、と、佐助は目を瞠る。
幸村は手を止めて、ぐっと片手を握りしめた。
「ゆえに、縋れるものには全力で縋るまで! おぬしも全力で吊るせよ佐助えええ!」
「あーはいはい、わかりました、っと」
全くこの主は、猪突猛進なようでいて意外と考えているから侮れない。
やる気なく返事しながら、佐助はそっと、城の外へと視線を流した。
見てるんだろ、伊達の忍さん。短冊の内容、報告するなら、ちゃんと今の会話も持って帰れよ? でないと後が面倒だ。
遠くから感じる視線にひとり胸中で呟く。そうして短冊をつまみ上げ、佐助はひっそりと顔をほころばせた。
2012.07.08