いつも一羽で飛んでいる

 花や木の葉を見せたくなっただの、一緒に月を見たくなっただの、先触れもなしに幸村が現れる時には何かしらのそんな理由がついてくる。見せたくなった、見たくなったと思うだけに留まらず、そう考えると歯止めが利かずに馬を駆ってしまうというのが猪突猛進を体現したような彼らしくもあり、けれど政宗が不在にしていて会えずじまいになることもある。派手な頭をした真田の忍が居れば主に先んじて密かに報せに来るのだが、忍は忍、幸村のお守りばかりをしているわけにもいかないのだろう。先触れは寄こせと言ったよなと、幾度目になるかわからない小言をくれて、縁に出れば素足に縁板の冷えた温度が心地よい。
 残照の庭に立つ幸村はどこか所在なさげな様子で、それが政宗の心にひっかかった。何かを携えている時であれば政宗の反応を想像して期待して、それを隠せずに嬉しそうな表情を浮かべているというのに。
「で、今日は何だ?」
「その、……鷹を見て」
「鷹?」
 斬新な理由だ。鷹狩りは好んでよく行うが、狩り場で幸村と出くわしたこともなければ同行させたこともない。つまりいつも以上にわけがわからない。
「珍しくもねえだろ、鷹なんざ」
「それはそうなのだが」
 縁側に腰掛けて、政宗は言い淀む幸村を指先で招く。言われるままに近寄ってきた幸村の襟元を掴んで身を屈めさせると、背中に手を回して抱きしめた。そうして鼻腔を擽るのは太陽と埃の匂いだ。政宗の好ましく思う、幸村の匂い。すぐに応えて、幸村の手が政宗の背中に回る。
「鷹は、悲しいだろうか」
「……What?」
「悲しそうに見えたのだ」
 見るたび一羽で飛んでいる。
 背中に聞こえた言葉に、政宗は首を曲げて幸村の方へと顔を向ける。鷹を見たから会いたくなったという幸村の言葉にようやく合点がいくと同時に、抱きしめておいて良かったと思う。そんな風に見えているのだと言われて、どんな顔をすれば良いというのか。
「Humn...そりゃオレを馬鹿にしてんのか。家臣に恵まれてないとでも?」
「そのような意味では!」
 政宗の両肩を掴んで勢い良く体を離した幸村は、驚いた表情を必死の形相へと変えて、政宗の目を真っ直ぐに覗き込む。
「決してそのように政宗殿を侮ったわけではござらぬ! 伊達の家臣の方々の忠義の篤さには某も常々感じ入っているし、特にあの片倉殿や成実殿や」
「Jokeだ」
 勢い込んで連ねられていた言葉がぴたりと止まって、幸村は池から顔を出した鯉のように口を開閉すると、脱力したのか政宗の肩に縋るようにして額を預ける。
「政宗殿は意地が悪い!」
 喉で笑って政宗はあやすように幸村の頭を撫でてやりながら、ふと視界を過ぎった影に目を上げた。
 空を浸食する藍色の闇から逃げるように、僅かに朱の残る西の方へと消えて行く小さな影ひとつ。鷹かどうかまでは判別できなかったが、幸村が見たのもこんな光景だったのだろうか。気楽だろうか自由だろうかと思いながら鳥を見上げたことはあっても、寂しそうだなどとは考えてもみなかった。
 それが幸村には寂しそうに映るのだという。そうして自分に重なったのだという。
 ――鷹は、悲しいだろうか。
「鷹に聞いてみたらどうだ? アンタは悲しいのか、ってな」
 身じろいだ幸村の頭を抱えて、背に腕を回し直して動きを封じる。
「聞いても良いのでござるか」
「鷹に、だろ?」
「……鷹は答えてはくれぬ」
「なら諦めな。悲しいかどうかなんて鷹にしかわからねえし、鷹だけが知ってりゃいいことだ」
「政宗殿、」
「けどまあ」
 すぐ隣にある幸村の頭へと凭れかかって、政宗は口の端で笑う。
「そんな風に見るヤツがいても、鷹も別段、悪い気はしねえだろうさ」
 言えば、瞬きをする気配だけがあって、しばらくの後に幸村が呟いた。どこか満たされた声音で。政宗の肩を掴んだ手に優しく強く力が籠もる。
「そうか」
「多分、な」
 ふ、と唐突に息を詰めたかと思うと幸村がひとつくしゃみを落とす。
 それに軽く吹き出して、政宗は幸村を室へと招き入れた。
 この訪問の仕方には家人もいい加減慣れている。馬の背とはいえ走り通しで来たのならば喉が渇いているだろう、白湯と着替えを用意させて、夕餉を一人分追加させて、布団をもう一揃い寝間に運び込ませて、それから、と。
 考えながら障子を閉める間際、見上げた空はいつの間にか藍一色で、もう鳥の影も見えなかった。

2006.10.09
ブログに書いたやつをサルベージ。元ネタの歌、最初、冒頭〜悲しかろう までの歌詞だけ知っていて、鷹を見ながら孤独な誰かを重ねているんだなと、ご多分に漏れず伊達を思う真田っぽくて良いなと勝手にCP妄想してにやにやして、全文聴いてみたら重ねていたのが自分の心で妄想ブロークン。まあ2の伊達は激しく群れ飛んでそうですが。でも先頭の一羽だけちょっと離れて飛んでる群れ。先頭の速さに追いつけなくて後続が超必死な群れ。