好奇心は猫をも殺す

 助けてください。もうほんと勘弁してください。
 陽も差さず、埃と木材の匂いばかりが満ちる竜の居城の天井裏で、柱に凭れて佐助はぐったりと憔悴していた。
 だってこれ忍の仕事じゃねえだろ。いや、忍の仕事ではあるけどさ、どう考えたって戦忍の仕事じゃねえだろ……。
 天井板の下からは男二人の喘ぎ声が微かに漏れ聞こえてくる。男の喘ぐ声など聞きたくはないのだが、悲しきは護衛の身。どれほど手練れの兵であろうとも情事の最中無防備になることは避けられず、その分護衛としては常よりも気を張って警戒を強めねばならない。
 けれどそうして些細な物音も逃すまいと澄ませた耳に、容赦なく飛び込むのは
「――っあ、」
 ……主の掠れた喘ぎ声である。
 凹む。これは凹む。仕えている年月が長く、平時は弟のような目で見てしまう主君のことだけに、情けなくてどうしようもない。
 ごく最近まで年にそぐわず子供じみて、色事には感心も耐性もなかった幸村は、独眼竜に出会ってからというもの見事なまでの色惚けと化した。
 会えば当然のように情事に雪崩れ込み、どちらが上になるか下になるかで揉めに揉め、静かになったと思えば濡れた声と肌の打ち合う音が聞こえてくる。それを聞かされる佐助はといえば、精神力と連れ立って、体力までもが消耗の一途を辿るばかりだ。
 要するにだるい。もう旦那を置いて甲斐に戻りたい。戻ってお館様に無理難題押しつけられていた方がよっぽどましだ。
 天井裏で鬱々とする佐助を余所に、天井の下は大層盛り上がりを見せている。
「だ、伊達殿。もう……!」
「Hey, honey. 音をあげるにはまだ早ぇだろ」
「しかし……ッは、あ、やめ……」
 ああ、今日は旦那が下なわけね……と遠い目をして、佐助は胸中で二人の睦み事が一刻も早く終るようひたすらに祈る。これがせめて女の喘ぎ声なら、耳にするだけで消耗するようなこともないというのに。
「もっと楽しませろよ、幸村」
「だが、そ、そのように締め付けられては……!」
 
 ……はい?
 
 柱に凭せ掛けた背が跳ね起きたのは、半ば無意識だった。佐助は半眼になると口元をひきつらせて天井板を睨む。
 ちょっと待てよあんた今何つった?
 心の中で問いかけても返事のあるはずもない。見たくはない、けれど気になるという葛藤の末に、そっと天井板をずらして明かりのない室内へと目を凝らし、またそっと元通りに板を戻して、佐助はその場に丸まって倒れ込んだ。既に護衛の役目は半ば放棄である。
 
 騎乗位で腰を振られて喘ぎまくる主の情けない姿を見てしまった心の傷は、しばらく癒えそうになかった。

2006.02.13