refrain
太陽は既に山の端へと腐り落ちた。鮮やかに木々を彩っていた果実が醜く熟れて落下し、土の上に潰れその果肉をぶちまけるように。
耳元では心臓が喚いている。体が熱く、眼球の奥が熱く、皮膚の上に薄い膜でも被っているかのように、世界のすべてが現実味を失ってどこか遠かった。
瞼を閉じれば鮮烈に過ぎた雷光の残像。
耳の奥から暴れる鼓動を遮って声が蘇る。
槍の穂先を突き付けられてなお余裕を失わなかった声。心騒がせる低く掠れた声が、苦渋の色を滲ませるのを背で聞いた。
思い出せば腹の底が奇妙に落ち着きを失くす。
全身の毛穴という毛穴が逆立つ。
ああするしかなかった。
言い訳じみた言葉は音にせずに胸の内で呟くのみ。
網膜に焼き付いた彼の愕然とした表情と、鼓膜にこびりつく血を吐くかの如き叫び。
勝敗は決していた。
確実に仕留められる状態で見逃した。
いくさ場において、一国を率いる将に対して、それは侮辱以外の何ものでもない。
彼の誇りを傷つけた、そのことに、心の半分は痛みに呻き、もう半分は喝采をあげている。
ああするしかなかった。
彼は一国の主で。
自分は名も知られぬ武将に過ぎず。
ならば自分の存在を刻みつけるよう彼が死ぬ瞬間まで或いは自分が息絶えてのちも心から消えぬよう二度と忘れられぬようにとただそれだけのために。
『真田、幸村……!』
去り際にただ一度、喉の奥から絞り出された己の名前に、全身が歓喜で打ち震えた。
2006.01.24