負うた子に
旦那そりゃ無理でしょ絶対無理、と腹を抱えて笑っていたら、背中と膝裏に腕を回されて気合一閃、次の瞬間には体が宙に浮いていた。
驚いた。
瞬間的に頭の中が真っ白になった。
だって予想外にも程があった。
俺様はそりゃ体は絞ってるけど筋肉はついてるし、背丈だって、あとニ年か三年も経てば越されそうな予感はあるけどまだ抜かれてない。目方は絶対に旦那よりもあるはずで、第一、忍装束の下には防具をかっちり着込んでる。忍働きの妨げにならないよう軽くて薄い金属だけど、顔以外の全身を覆ってるからそれなりの重さはあるんだ。
その、俺様と防具を足した重さを、真田の旦那が持ち上げた。
実際軽々と、とはいかなかったみたいで「ふぬあっ!」とかやたら気合いが篭もった間抜けな声を発していたけど、それにしても本当に予想外にも程がある。
旦那幾つになったんだっけ。
知ってるけどさ。わかってるけど。つい改めて考えちまう。
だってついこの間まで俺様の目線の下でちょこちょこ走り回って危なっかしくて、いや、落ち着かなくて危なっかしいのは今もだけど、言動が年より子供っぽいとこなんかも全然変わらねえんだけど。
体がしっかりしてきたな、ってのは、最近確かに感じてた。
そうだ。そもそもの原因もそのことだった。
鍛錬しながら、またちょっと筋肉ついたんじゃないなんて話をして、そろそろ佐助を持ち上げられるやもしれぬぞと真田の旦那が調子に乗って、それで。
旦那の体の成長なんて、俺様が一番わかってると思ってた。
だって、毎日様子を見て変化を見て、鍛錬の内容を調整してたんだ。
体幹が安定してきたおかげで、ここんとこの槍の上達っぷりは俺様が舌を巻くほどだった。
顔つきなんかもちょっと変わった。
虎の若子。武田の家臣たちが呼ぶそんな揶揄混じりの呼び名に、若子なんて甘い形容、受け付けなくなる日はそう遠くないかもよ? なんて。
思ってたのに、一番わかってなかったのは俺様なのかもしれない。
……ほんの一瞬の間に、そんな事を思い巡らせた。
ああ、死ぬ間際ってこんな感じかも。過去のことを一瞬で思い出すって言うあれ。旦那に持ち上げられたくらいで死ぬわけないし近々死ぬ予定もないけどさ。
どうにも不安定な体勢に咄嗟に旦那の肩に手をかけて、表情に困りながら顔をあげれば、得意満面って様子の旦那と目が合って。
「どうだ、持ち上がったではないか!」
そんなこと、すっげえ嬉しそうな顔で言われても困るんですけど。
何しろこっちはこんな態勢で、俗に言う姫抱きってやつで、頭真っ白になってた間警戒も真っ白になってたことに思い至って、急に誰かに見られてなかったか不安になる。まだ十代半ばの、年下の主に姫抱きされる忍軍の長ってどうなのよ、実際。
なんか涙出そう。
考えて、乾いた笑いが漏れた。
「いやー、すごいじゃない。でも、重いっしょ? 無理すんなって旦那、腕痛めたら困るでしょうに」
「無理という程ではないぞ。それに、その鎖帷子やらを外せば、佐助自身は意外と軽いのではないか?」
軽い。
……ああ、そう。
年上の矜持とか、長年の保護者気分とか、そういったものをものの見事に叩き折られて粉砕されて、こうしてる間にも誰かに目撃されるんじゃねえかとかそんなこともどうでもよくなってだらりと体の力を抜いた。
「うお!?」
途端に、旦那が驚いた声をあげて、持ち上げられた体の位置がちょっと下がる。
「待て、佐助。急に重い……」
「そりゃあ重くしてるから」
人を抱えようとすると、意識がある時とない時じゃ重さが違う。協力があるかないかで結構違う。で、俺様は今、協力をほとんど放棄した。ま、ちょっとは容赦してるけどな。存分に味わうがいいぜ全体重。
「するな! う、腕が」
「あー今力抜かれると俺様落ちるかも。腰でも打ったらお仕事とかお仕事とかお仕事とかさ、支障出たら困るよねー真田の旦那が」
「佐助ええええ……!」
情けない声は黙殺する。どれほど辛そうでも、俺様の心の傷の深さに比べれば全然ましだ。
だからあと五数えたら降りる。
そう決めて、俺様は旦那の呻き声を聞きながら、児啼爺よろしく旦那の腕に体重をかけ続けた。
2012.06.30 『お姫様抱っこ』選択課題・ラブラブな二人へ > お題配布元:リライト