四: 天覇絶槍!真田源二郎幸村

「天!」
 足元から聞こえてきた声に、げ、と心の中で呟いた。
 何で足元かっていうと俺様が居るのが木の上で、無理するなとのお言葉に甘えて撤退して、真田の旦那と竜の旦那の一騎打ちを眺めているからだったりする。勿論ただ眺めてるだけじゃなくて、真田の旦那が劣勢になったら即加勢に入るって手筈だけど。ま、そんなことはおいといて。
 あーあと溜息をつきながら見下ろす先で、真田の旦那は天を差した槍の穂先を、交差させてお次は下へ。
「覇!」
 穂先を互い違いにして水平に。
「ぜっそーう!!」
 ……やめとけって言ったんだけどなあ……。
 その名乗りの形を、真田の旦那に見せられたのはしばらく前のこと。「どうだ、佐助!?」と期待を込めたきらきらした目を向けられて、お館様と旦那のせいで疲れる事態には慣れてる俺様でも、さすがに自分の置かれた状況から逃避したくなったもんだ。しかもそんなものを数日かけて考えたのだと付け足されて、実際に影潜りで逃走を試みたけど、地中に容赦なく突き刺された槍先に阻まれて未遂に終わった。いやあ、あんときゃびっくりしたね。鼻先に上から槍が生えて来たもんなあ……。
『はあ、まあ、莫迦っぽくてかなりやばいから人前でやるのは止めておいた方がよろしいかと存じ上げます』
 棒読みで言ってやったら旦那は不満そうにしてたけどね、正直あれは恥ずかしい。俺様の主は強いぜえ? って敵を脅して、出てきた主が「天!覇!絶槍!」なんて妙な振り付きで叫んだら台無しだ。褒めた俺様も居たたまれなくなる。
「真田幸村、見、参ッ!」
 なのに旦那は全然気にしてないみたいで力強く名乗りを上げてるけど、あーあ、ほら見ろ、竜の旦那が唖然としてる。
 あんなもん見せられたら百年の恋も醒めるってもんでしょ。
 ……いや、醒めてくれていいんだけどね? むしろ醒めて欲しいんだけどね?
 てーことは逆にこれで良かったってことか。あれで竜の旦那の妙な執着が消えてくれたら、面倒事がなくなって俺様としては大歓迎!
 なんだけど。
 さてどうくるかと竜の旦那の反応を待てば、

「超COOL……!」

 ずる、と足元が滑った。あぶね、この高さから落ちたら俺様でもちょっとやばい。
 枝にしがみついて姿勢を立て直している間に、地上では興奮気味に呟いた竜の旦那が片手に持った刀の切っ先を、真田の旦那へぴたりと向ける。
「やるじゃねえか真田幸村! 惚れ直したぜ!」
「おお、わかって頂けるか政宗殿!!」
「上等だ! アンタ最高にCOOLだぜ!!」
「うおおお、政宗殿、参るぅぅぅ!!!!!」
 相手がお館様なら殴り合いが始まりそうな雰囲気のなか、二人の得物が耳に痛い音を立ててぶつかり合う。
 ああつまり結局のところ悪趣味同士、似たもの同士ってわけだ。俺様にはさっぱり理解できない。
 理解したくもないけどさ。

2006.10.28