答えを失くした間柄

「お楽しみのところすまないけど、大将がお呼びですよ」
 唐突に現れた真田の忍はそう告げるなり、有無を言わせず幸村を連れ去った。
 ようやく始まったpartyは、そんな形で強制的にお開きとさせられた。
 摺上原に一人残された政宗は、空高くへと消えてゆく真田の主従を眺めながら奥歯をぎりと噛み締める。
 間が悪い。そんな言葉では片付けられない。
 幸村との一騎打ちに限っていつもいつも、何故だか決まって邪魔が入る。
 最初は偶然の一騎打ちのさなか、政宗が優勢になったところで件の忍に邪魔された。戦況は一転して真田有利に変わったが、それを良しとしなかった幸村がとどめを刺さずに槍を退き、おかげで政宗の自尊心はいたく傷つけられた。因縁の始まりはそれだ。
 二度目は、言うなれば事故のようなものだった。一騎打ちの途中で予想外の事態になり、勝負は一旦お預けとなった。誰に邪魔されたわけでもなく、政宗も納得してのことだったので、あれはまあ除外する。
 三度目は政宗がわざわざ上田城まで出向いてやった。今度こそ勝負をつけてやると意気込んでいたというのに、趣味の悪い仮面をつけた男に水を差さされた。おまけに政宗を庇った小十郎が怪我を負わされて、その治癒を待ち、落とし前をつけるために、幸村との勝負はお預けとなった。
 そして今回。
 遠征の疲れも癒え、真田幸村が単騎で攻め込んできたと喜んでいたらまたしても邪魔が入った。
 四度目。これで四度目だ。不完全燃焼にも程がある。腹の底では怒りがふつふつと煮え滾る。
「真田、幸村ァ……!」
 しかしその怒りの持って行き場もなく、政宗は殺気すら纏わせて、ただひたと宙を見据えて吼えた。

      *


 再戦の機会を得たのは数ヶ月後のことだった。
 痺れを切らして甲斐に攻め入ろうかと考え始めた矢先のこと。真田幸村を総大将に立て、武田が奥州に向けて進軍を開始したとの情報を掴んだ政宗は、即座に軍を整えて旗を揚げ、両軍は睨み合うこともせずに奥州にほど近い平地で激突した。
 幸村の姿を見るなり、政宗の理性は焼き切れた。
 今度こそ決着を、と、激しく斬り結びながら移動して、気が付けば周囲には誰の姿もない。
 いつもならば幸村の側近くにいる忍の姿も気配もない。
 手を出すなと厳命してあった部下たちは真田の兵を阻んでいたはずだが、そのどちらの姿ももう見えない。
 一騎打ちだ。
 この男との戦いはこうでなくてはならない。
 上機嫌で刃を交わしていた政宗だったが、長時間にわたる僅かにも気の抜けない打ち合いに、徐々に息が弾みはじめた。
 剣の腕では政宗が勝る。だが、持久力では幸村が勝る。
 長引けば不利になりかねない。そろそろケリをつけなければ――と、考えた矢先。
「――うおっ!?」
「ッ!?」
 突進してきた幸村が妙な叫びをあげたかと思うと、体勢を崩して前のめりに倒れた。自然、政宗は渾身の体当たりをくらった形になり、背中から地面へと叩き付けられた。
 槍の穂先は咄嗟に刀で弾いたがそれで精一杯だ。受け身も取れないまま、強か背中を打ち付ける。
「……SHIT!!」
 下敷きにされた政宗は盛大に舌打ちを漏らし、衝撃でずれた兜を押し上げながら足もとを見れば、まるで前もって仕掛けられた罠のように地面から細い木の根が半円形に露出していた。幸村はそれに足を取られたものらしい。
 間の抜けたことだ。嘆息して、政宗は幸村の頭を小突く。
「Hey, どけよ真田。いつまで乗っかってるつもりだ?」
「っ……、この真田幸村、真剣勝負の最中に躓くとは一生の不覚……!」
「躓くのは勝手だがな、オレを巻き添えにすんな。くそ」
「う……まことに、申し訳……」
 痛みと不覚とを堪えるように歯を食いしばり、呻きながら両手を付いて体を浮かせた幸村は、頭をひとつ振ると目を開ける。その拍子。
 がつ、と音がしたかのような錯覚を伴って二人の視線がぶつかった。
 政宗はひととき瞬きを忘れて息を詰める。
 ごく間近に、覆い被さるようにして幸村の顔がある。
「あ……」
 同じように瞠られていた幸村の目が、戦場に立つ武将のものから、情欲を灯した男の目へと変わるのを政宗は見た。

 ――一度だけ、体を重ねたことがある。
 その記憶が蘇る。

 あれは事故のようなものだった。
 戦いの昂揚が性的な興奮に繋がることはままあるが、いくさの後までそれを引きずったことも、ましてその場で処理したこともない。
 だというのに、今と同じように邪魔するもののない一騎打ちのさなか、互いに熱にうかされたような頭と体とを持て余し、気が付けばそういった事態になっていた。二度目に、幸村とまみえた時のことだ。
 きっかけは幾度考えても思い出せない。
 何故そんな流れになったのか、その部分の記憶は曖昧だ。
 前戯もなく性急に体を繋げた。
 陣羽織の裾を捲り上げられ必要な部分の着衣のみを下ろされて政宗は地に伏せた。腰だけを高く上げた獣のような姿勢で後ろから幸村に貫かれた。
 無理強いではない。着衣に手をかけられた時、政宗は驚愕と、行為への怖れと、同時に幸村との情交への期待を確かに抱いたのだ。
 抵抗もせずに受け入れた。
 何の準備のあるはずもなく、唾液のみを助けとした交わりだったにもかかわらず、揺さぶられて喘いで果てた。
 初めて受け入れる立場に回り、擦られ続けた内側はひたすらに妙な感覚ではあったし、有らぬ場所を酷使された痛みはしばらく後を引いたのだが、それら全て二の次になるほどに心が悦びを感じていた。
 後にも先にも、情交であれほどの快楽を得たことはなかった。
 そうして今、あの時と同じ確かな予感に、ぞくりと全身に震えが走った。悟られぬようにと飲み込んだ唾の音を耳の奥で聞く。
 挑戦的に目を細めて口元を吊り上げ、政宗は赤い前草摺を跳ね上げると、幸村が腰を引こうとするよりも早くその股間を無遠慮に鷲掴みにした。
「若えなァ、おい。何興奮してやがるんだ?」
 想像した通り、厚い手甲の上からでもわかる変化に揶揄する口調で言ってやれば、途端にむっとした幸村の革の手甲が、鎧うもののない政宗の股間に触れた。撫でながらかたちを確かめ、子供じみた、勝ち誇った笑みを浮かべて政宗を見る。
「政宗殿とて、同じではござらぬか」
 は、と笑って政宗は幸村の頭を抱えると、背を浮かせて耳元へと口を寄せる。
「欲情した。……ヤろうぜ」
 直接的な囁きに、幸村の体が強張った。
 頭を抱えた手を幸村の肩へと下ろし、引き倒すようにして政宗は背中を地へとつける。土は固くて鎧も邪魔で、具合が悪いことこの上ないが、相手が幸村であれば贅を尽くした寝所で寝るよりも似合いだと思えた。
 邪魔な兜を外して転がす。そうしている間にも幸村の手は政宗の下衣を引き下ろし、下帯の脇から侵入して政宗の雄に直に触れた。思えば、前の時はこんな前戯もなかったのだ。衝動をぶつけるかのように挿入され、それに欲情して政宗も達した。
「今日は、直ぐには挿れねえのか?」
 からかうように言えば、幸村はちらと目をあげて政宗を見、すぐに視線を元へと戻すと政宗への愛撫に集中する。股間をまさぐる刺激、ぎこちなく動く熱い手に、政宗は自然と脚を開き膝を曲げて、踵でもどかしく土を掻いた。開いた脚を抱え上げ、その間に幸村の腰が割って入る。
「Ha, ……イイぜ。上等だ」
 政宗も幸村の前をくつろげてやろうと、背を起こして赤い草摺の紐に手を回したところで。
「あのー、またまたお楽しみのところすみませんけどー」
 間延びした声と共に、政宗に覆い被さっていた幸村の体が、浮いた。
 驚いて目を見開けば、後ろから羽交い締めにされ強引に立たされた幸村の背後に人影があった。呆れた表情の、忍にあるまじき赤い髪の――猿飛佐助。
「さ……佐助!?」
 とんでもない場面を部下に見られた衝撃ゆえか、幸村の顔が、耳まで、一瞬にして赤く染まる。
「悪いね、旦那。大将から文が届いてます。急ぎ本陣にお戻り下さい、っと」
「なに、お館様から!?」
 その言葉で、幸村の意識は一瞬にして信玄へと向かう。
 政宗はいつぞや聞いたような台詞に、殺気立つと両手をついて背を起こした。
「テメエふざけんな忍! 大将首を差し置いてどんな用事があるってんだ!?」
「あーそれだけど、うち退くことになったから。いや、ほんと悪いねえ」
 口先ばかりは申し訳なさそうに言って、佐助が短く口笛を吹く。
 羽音と共に影が差し、滑空してきた大きな黒い鳥に掴まって、佐助と、佐助に羽交い締めにされた幸村とは空高くへと舞い上がる。
 それを茫然と見送って、政宗は拳を地面へと叩き付けた。乾いた土の表面が割れる。
 煽られた体は中途半端とはいえ言葉にし難い状況になっていて、自然におさまるのを待つには辛い。
 自分で慰めるか、それとも。
「……Goddamn!! このオレに、前屈みで戻れってか……!?」
 どれほど屈辱的であろうと幸村を連れ去られた今、選択肢は二つだった。


      *


 勝負をつけようとすれば邪魔が入る。
 体を繋げようとしても邪魔が入る。
 不完全燃焼と欲求不満とで限界に立たされて、憤りは腹の底でぐつぐつと煮詰まって、せめてどちらか片方だけでも遂げねばおさまらない。
 その日の夕刻、政宗は伊達家お抱えの忍に文を持たせ、密かに武田本陣の幸村へと届けさせた。
 佐助の言葉通り武田は退いたが、即刻甲斐へと撤収できるものでもなく、草の持ち帰った情報によればあと一晩は陣に留まるという。
 いくさになると知って、付近の住民は近隣の村や町へと避難している。
 無人の古寺に目をつけ床の支度を整えさせて、送った文の内容はそこで待つ、と。つまり逢い引きの誘いをかけたのだった。
 いくさ場よりはまだ床のほうが邪魔の入る確率は低い。まして夜だ。武田が今回の総大将である幸村不在のまま夜襲を仕掛けるような真似でもしなければ、一晩の時間は確保できる。
 とにかくヤらねば気が済まない。
 そうして夜半、単騎で姿を現した幸村を寝間へと引きずり込み、褥に転がして、政宗は有無を言わさず幸村へ馬乗りになった。
 が。
 すぐに応じて来るものと思っていた幸村は予想外の反応で、政宗の肩に手をかけて押し返す抵抗を見せた挙げ句、
「政宗殿! いきなりこのような、破廉恥な……!」
「は……What!?」
 言葉に、政宗は耳を疑った。
 破廉恥などと今更、幸村の口から出ること自体がおかしい。何ということはない、昼間の続きをしようというだけのことだ。
「Hey, don't joke. さっきオレの下履きの中に手ぇ突っ込んでたのはどこの誰だ……?」
「う。あ、それは、その」
「アンタだろ? まさか今更、嫌とは言わねえだろうなァ?」
「……では、ないような、そうでもないような」
「何だ? はっきりしねえ野郎だな」
 問いながらも政宗は幸村の袴を外して下帯へと手をかける。幸村が戸惑った様子で袴を引き上げようとするのを、手の甲を力任せに叩いてやめさせた。
「テメエ、いい加減に」
「そ、その、昼間のようにいくさ場で、勢いでというのならばわかるのだが」
「あァ? そっちの方が非常識だろ、普通。それともアンタ、オレ以外ともいくさ場であんな真似してやがるのか?」
「否! 断じてそのようなことはござらぬ!」
 てきぱきと下帯を解いて、政宗はまだ何の反応も見せていない幸村の中心を両手で包むと性急に扱き上げた。幸村が小さく呻き、慌てた様子で口元をおさえる。
 ヤる気満々の政宗は、いくさ場ではあるが、薄い夜着の他は下帯もつけていない。すぐさま手の中でかたちを変えた幸村に上機嫌になって、舐めてみようかという悪戯心が頭を擡げ始める。
 そんな真似はしたことがないが、ふとそんな気分になったのだ。思いついてしまえば興味が湧く。
 幸村はさぞ驚くだろう。慌てる様を見るのは楽しそうだと、実行に移すべく股間へと顔を近づけたところに。
「ッ……ま、待たれよ、政宗殿!」
 切羽詰まった様子の幸村が、政宗の両肩を掴んだ手に力を込めて、政宗の体を押し戻した。
 興を削がれて眉根を寄せる政宗の隻眼を、真剣な面もちの幸村の目が覗き込む。
「何だァ……? まさか、本気で嫌なんじゃねえだろうな」
「嫌では、ない。……嫌ではないのだが、わからぬのだ」
「なにが」
「これは、恋でござろうか」
 まっすぐな瞳に問われて、政宗は面食らった。手の動きを止めて、燭台の灯りのなか、まじまじと幸村の顔を見つめる。
「面白れえ事言うな、アンタ」
 それは正直な感想だったのだが。
「茶化さないで頂きたい! それがしは真剣に問うているのだ」
「真剣に……ったってなァ……」
 政宗は両手を敷物に付くと、伸び上がって幸村へと顔を近づけた。
 幸村の、割合整った顔は好ましく思う。
 いくさ場では強く鋭い、今はどこか幼いような印象を受ける、その格差も悪くない。けれど、そんな形などどうでも良い。この男だ、と、感じるのは形などに因るものではない。
 これは恋か。
 言われればそうかもしれないとも思うし、そうでないとも思う。
 房事の経験は浅くはないが、恋心など覚えたことも、また、してみたいと考えたこともない。いずれ適当な家柄の娘を娶って子を成し、そうして家族をつくることへの憧憬はあるが、愛情を抱くことはあってもそこに恋の介入する余地はないだろう。
 離れていればひたすらに焦れ、近ければもう抑えようもなく、意識の全てがただ一人へと向かう。
 これが恋だと言うのだろうか。
「政……」
 言い差した言葉を遮って、政宗は幸村の薄い唇を吸った。幸村は目を閉じもせず、その顔が燭台の弱いあかりの中でも明らかに、火でも灯したかのように赤く染まる。
 恋人同士のようにそうしてみれば何かわかるかもしれないと思ったが、答えは落ちては来なかった。
 一度は情を交わしたにも関わらず、思えば口付けひとつしていなかったと気づき、政宗は少し可笑しくなる。交わしたのは情ではなくひたすらに欲。愛撫も睦言もなく、ただ欲しいのだと、それだけは痛いほどに感じられてそうしてそれで充足した。
「そんなこと、どうだっていいだろうが」
 思案の末に、政宗はそう結論を出した。
 幸村は不服だったようで、眉根を寄せて牙を剥く。
「それがしにとってはどうでも良いことなどではない! その、こういった交わりは好き合った者同士でやるものだと」
「ったってもう、いっぺんヤっちまってるじゃねえか」
 呆れて言えば、うおおそうであったと幸村が自分の頭を抱えて呻く。
「くだらねえ。愛だの恋だのって名前をつけりゃ満足か? それでアンタは何か変わるのか?」
 例えばこれが恋情だったとして、何一つ変わりはしない。
 政宗か信玄が天下を諦めない限り二人の敵対関係は変わることがなく、少なくとも政宗には天下を諦める気などない。
 幸村が信玄を裏切ることもある筈がなく、もし恋に目を眩ませて主君を裏切るような男であれば即座に興味を失うだろう。
「それは……」
「オレはアンタが欲しい。アンタだって同じだろ? それ以上に何が要る?」
 幸村の頬に片手を這わせ、政宗は唇の片端を吊り上げて笑ってみせる。
「――それで充分じゃねえか」
 もう一度、唇に唇を押し当てて、薄く開かれている歯のあいだへと政宗は舌をねじ込んだ。驚いたのか逃げを打とうとする幸村の、頭を押さえて動きを封じ、口づけを深くした。
 強引に舌を絡めて貪り続ければ、幸村は観念したのか、拙い動きで政宗を真似て口づけに応えてくる。
 そうしながら政宗は片手を幸村の下肢へと伸ばし、茂みを分けて萎えかけた幸村自身へと再び手を這わせた。繰り返し扱き上げて形をなぞれば、徐々に反り返り、先走りを零し始めた先端を軽く爪弾いてやる。
 幸村が躊躇いがちに政宗の夜着の裾をたくし上げ、乾いた熱い手が尻の丸みを辿る。ややあって耐えかねたように、幸村は、体を入れ替えると政宗を組み敷き大きく脚を開かせた。
 下帯を纏っていない政宗の下肢が露わになる。口づけと、幸村への愛撫で、政宗も既に昂ぶり始めていた。
 発情した獣の目を見ながら、政宗は飽くまで余裕の姿勢を崩さずに幸村の頬を平手で軽く叩く。
「少し慣らせよ。こっちはアンタと違って痛ェんだ」
「しょ、承知致した」
 使え、と枕元に用意してあった小さな貝の薬入れを示せば、幸村はそれを拾い上げて首を傾げる。
「軟膏だ。……塗るんだよ。アンタが、突っ込みてえところへ」
「あ、な、なるほど……」
 お借りいたす、と律儀に断って、幸村は指に掬った軟膏を政宗の後ろへと塗り込めた。指の出入りする、何とも言い難い妙な感じは相変わらずだが、骨張った指は時折敏感な場所をかすめて政宗の体を跳ねさせる。その度に政宗は必死に声を殺し、熱い息を零して、入り口を擦り広げながら本数を増やす指のかたちを感覚で追う。
「ン……。もう…いいぜ、come on. ……来いよ」
 まだ念入りに慣らしたとは言えない。傷みはあるだろうが、それでも構わなかった。
 幸村が唾液を飲み込む音が鮮明に耳に届く。脚を抱え上げられ熱の塊が押し当てられる。先端が政宗の中へと侵入する。
「……ッ」
「政宗殿、もし、辛いようなら」
「るせえな……いいから来い、ッつってんだろうが……!」
 政宗は強張りそうになる体から苦心して力を抜き、半ばまでおさめたところで、幸村がひとつ息をついた。
 そこへ。
「あのー」
 唐突に、最も聞きたくなかった声を耳にして、政宗の全身がぎくりと強張った。当然、幸村を飲み込んだ場所も。
「っ、あ、政宗殿……ッ!!」
「あ……!?」
 突然締め付けられた刺激で、幸村が暴発した。内壁に熱い体液を打ち付けられて、政宗の脚が跳ねる。
 茫然と見上げた先では、いつの間に入り込んだものやら、真田の忍が幸村の肩に手をかけつつ、濡れ場を正視しないよう目を逸らしていて。
「お楽しみのところほんっとに、ほんっっと――にすまないんだけどさ」
「さ……ささささささ佐助!?」
「大将がお呼びです」
 咄嗟に掴んだ軟膏入りの貝を投げつければ、忍は見もせずに受け止めて、乱暴に床へと放り投げる。合わせてあった貝が二つに割れて板間に転がる音が夜の静寂の中に響き、にわかに表が騒がしくなる。
「テメエ、忍、わざとだな!?」
「いやほんと、ほんとに大将が呼んでるんだって!」
「Shut up! 一晩待てって信玄公に伝えとけ!!」
「待てないって言うんだから仕方ないでしょー? いやほんと、悪いねえ……」
 幸村を背後から羽交い締めにして持ち上げ、小袖の裾を軽く直すと、忍は障子を蹴り開けて幸村を抱えたまま夜闇へと跳躍した。
「政宗様、ご無事ですか!?」
 曲者か、だの、一体何が、だの、口々に騒ぎながら近づいてくる足音に政宗は慌てて上掛けを腰の上へと引き上げる。
「STOP!! 入ってくんな!!」
「しかし」
「オレは何ともねえ。いいからあの忍を追え!」
 Yes sir!! と歯切れの良い返事があって、足音が散って行く。
 体の中には放たれた幸村の精が残っており、自身はまたしてものっぴきならない状況で放り出され。
「ッ……の、野郎、絶対に許さねえ……!」
 低く絞り出した声には、これ以上ないという程の恨みがこもっていた。


      *


 数ヶ月後。川中島。
「何、伊達軍の乱入とな?」
 楽しい楽しい軍神との合戦の最中、報せを受けた信玄は眉間に深く皺を刻んだ。
 思案しながら自慢の髭を指先で撫でる信玄の傍らで、佐助は額に手をあて、力無く肩を落とす。
「あーもう、だから野暮な真似はやめとけって言ったのに……」
 これまでは、乱入してくる伊達の狙いは真田幸村ただ一人だった。
 けれど、今回に限っては信玄だ。それはもう間違いない。途中に幸村が立ちはだかろうが、脇目もふらず信玄目がけて突っ込んでくるだろうと佐助は確信する。
「……ワシかのう?」
「あーそりゃもう間違いないです。絶対来ますって。相当恨まれてるよ大将」
 あれだけ一騎打ちやら濡れ場やらの邪魔をされれば、怒りに任せて乱入したくもなるだろう。一騎打ちの方は偶然だが、濡れ場の方は勿論意図的なものだ。
 幸村にそういった機会が訪れたら、主命で連れ戻せとの信玄の指図である。
 だが、命令したのは信玄でも実際に連れ戻したのは自分なのだから、政宗の怒りは確実に自分にも向いている。考えて、佐助は嘆息した。
「だがな佐助、ワシは幸村には色事はまだ早いと」
「早いってねえ、旦那あれで十七ですから! 遅いくらいですから! 第一もう手遅れだっての!」
「何と! 相手は誰じゃ。それも伊達の小倅か!? 佐助、詳しく話してみよ!」
「いや今それどころじゃないってーか」
 陣幕の内に、転ぶようにして駆け込んできた伝令兵が膝をつく。
「報告致します! 総大将伊達政宗、単騎で突っ込んできます!」
「ほら来た」
「むう……」
 
 その日、本陣目がけて駆ける伊達軍総大将を目撃した兵士は皆口を揃えて、独眼竜とは悪鬼の如き形相の男であったと後に語った。

初:2006.09.01/改:2009.05.28