知らぬが花

 そして小十郎の予想通り、その日は再び一騎打ちが勃発することはなく、政宗と幸村とは桜を眺めて夕刻までの時間を穏やかに過ごした。
 夜に向かってゆっくりと空が色褪せて行く中、伊達の主従は轡を並べて帰路につき、小十郎は馬の背で至極不機嫌に小言を並べた。
 結果的に平和な花見で終わったから良いものの、そもそもは政宗の仕掛けた一騎打ちだったのだ。控えていただきたい、頼むから自重していただきたい、あのような場所で人知れず討ち死になどしたらどうなさるおつもりか、自分の立場を分かっておいでかとしつこく言葉を募らせるが、馬上の政宗にはさっぱり響いた様子もない。
「全く、幾度お願いしたら聞き届けて頂けるのか」
「……おう」
 気のない返事に横目で主を睨み付けて、小十郎はこれみよがしの溜息を吐く。
「聞いておいでですか、政宗様」
「おう。……なあ、小十郎」
「は」
 政宗は聞いていない振りにしてはぼんやりとした表情で、目は馬の鬣かそこらを見るともなく眺めているようだ。
 続く言葉を小十郎は待ち、長い沈黙に口を開きかけたところで、政宗が落ち着かない様子で首の後ろを指先で掻いた。
「オレ、真田と、……その、kiss……を」
「は? 申し訳ありません、今、何と仰いましたか」
 初めて耳にする言葉に小十郎は目を丸くして聞き返すが、政宗はふいに目を覚めましたように顔を上げると、丸い目で小十郎を見、妙にぎこちなく横へと首を振った。
「悪ィ。Sorry. 何でもねえ」
「……何でもない、ならば、良いのですが?」
「いや、マジで何でもねえ。それより小十郎、何だその袋」
 小十郎の鞍の前に置かれた麻袋を示して、政宗が首を傾げる。
 小十郎が無言で袋の口を開けて中を示せば、覗き込んだ政宗がひゅうと口笛を吹いた。詰まっているのは、沢の近くに生えていた山菜だ。政宗を待つ間に摘み集めたものだった。
「こりゃいいな。楽しめそうだ」
「夕餉に何か拵えましょう」
 おう、と機嫌良く頷いた政宗は、ややあってまたどこかぼんやりとした様子に戻り、溜息を吐いたり口元に手を遣ったりと、城までの道のりを始終落ち着かない様子で過ごしていた。
 小十郎はそれを怪訝な目で見つめていたが、政宗が何も言わないのであればそれ以上問いを重ねることもできず、釈然としないままただ政宗の様子を眺めて、そして。

 きす、の意味を知った小十郎が、血管ぶち切れそうな勢いで政宗を問い質すのは、それからしばらく後の事になる。

初:2008.05.14/改:2013.04.03