マウントポジション争奪戦
※伊達が攻める気満々でもOK!という方のみどうぞ※
甲斐まで出向いて同盟締結の堅苦しいあれこれを終えて、滞在にと用意された屋敷で一息つけばもう夜だった。
見上げれば藍色の空にはぽかりと丸い月がある。誘われるように、政宗は草履をつっかけて外に出た。
満月ではないがそれに近い。強い光のおかげで夜にしては視界が良い。
見知らぬ他国の地でも月は同じ顔だ。
そう広くない庭を出て道をひとり歩いていると、距離を開けて建つ屋敷の濡れ縁に誰かが座っているのが見えた。
生垣の隙間に見えるその人物に政宗は目を凝らす。
酒を飲んでいる。
月見酒。風流だ。
気になって生垣に近づけば、
「……真田?」
青白い月明かりに照らされているのはよく見知った顔で、政宗は思わず声を漏らした。
「政宗殿?」
目を丸くして、幸村が立ち上がった。
生垣にくぐり戸を見つけて、政宗は無遠慮に幸村のいる庭へと入り込む。
「オレはそこだ。近えな」
「存じておりまする。実は、護衛も兼ねておりまして」
「へえ? 護衛が酒か?」
「宴席で控えていたので、羽目を外さぬ程度にとお許し頂いておりまする」
なるほど、と政宗は宴の席を思い出す。政宗とは離れた席で言葉を交わす機会もなく、遠目に様子を伺えば殆ど酒は口にしていない様子だった。
敵襲への備えだったと言うわけだ。或いは、伊達の裏切りへの備えであったのかもしれないが。
「意外だな。酒、弱そうなツラに見えるぜ」
「よく言われまする。確かに、量はそれほど飲めぬのだが」
「誰か来んのか」
真田の手には猪口が一つ、盆の上に徳利が一つと、その隣にもう一つ猪口が伏せられたまま置いてある。
ああ、と幸村が笑った。
「これでござるか? 以前こうして一人で飲んでいた時、お館様がお見えになった事があったのだ。以来、念のためひとつ余分に用意しておりまする。──よろしければ」
幸村は伏せてあった猪口を取り、政宗へと掲げて見せた。
濡れ縁に座って酌み交わす。少し果実のような香りのする酒だった。幸村の持参したものなのか、美味いと褒めれば嬉しそうに笑った。
ぽつぽつと話をした。
信玄公の事だとか。さっきの宴の事だとか。
しばらく本気で戦り合えないのが残念だとか。
「そういやアンタ、結婚はしてるんだったか?」
ふと思いついて聞けば、答えの代わりに幸村はむせた。
盛大に咳を連発して、政宗は手を伸ばし背中を軽く叩いてやる。
「か、かたじけない……」
「まだだったみてえだな」
ごほ、と幸村は最後に一度大きく咳をして、
「政宗殿と同じでござる」
「Ha!」
生意気な口聞きやがる、と政宗は笑った。
咽せて少し赤い顔で、幸村はちびりと酒を飲む。
「……政宗殿は、約束を取り交わした相手などはおられるのだろうか」
「あァ? いねえな、まだ。いくさいくさでそういう気分にもなれやしねえ」
「ならば、どのような女子がお好みでござるか」
酒の席ではありがちな話題だ。女の好みや、色事の武勇伝や。
「そうだな……」
考えながら隣を見れば、すぐそこに男にしては随分と可愛らしい顔がある。
以前から思ってはいた。戦さ場で対峙し、剣を交え、最高のrivalだと思いながらも何てcuteな顔だと眺めていた。
正直抱ける。
いつも不適切に露出の多い幸村が、小袖で肌を隠しているのがまたそそる。
幸村はどうだろうか。脈はあるか。
酒を舐めて、考えて、つい顔が笑う。少し酔いが回ってきているのかもしれない。
「そうだな。どっちかっつーと可愛らしい顔が好みだな」
「……意外でござる」
「そうか? それから、色が白くて、唇が桜色で、柔らかそうな髪で……意思の強そうなでかい目で」
「ぐ、具体的でござるな」
「アンタは?」
「某は、」
幸村は言い淀んだ。
「おなごはわかりませぬが、こうして政宗殿のお顔を見ると嬉しゅうござる」
政宗は目を瞠る。
Just wait.
ちっと待て何だそれ。
幸村は困ったように笑った。
「嬉しいのだが、……病のように苦しくもなるのだ」
どくりと政宗の胸が鳴る。
脈アリどころではない、OKの合図が出ている。政宗はちらと背後の部屋に目を向ける。
障子は閉じている。が、この時間だ。きっと布団は敷かれているだろう。
イケる。
「真田」
声を潜めれば、幸村が首を傾げた。
「そこ、アンタの寝床か?」
「? そうでござるが」
片手を付いて、身を乗り出す。幸村の耳元に内緒話のように口を寄せ誘った。
「……行こうぜ。いいだろ?」
頬を桜色に染めた幸村は、それでも、人払いを致すと小声で言った。
政宗の意図は伝わっている。
整えられていた布団に腰を下ろして待てば、少しして幸村が戻ってきた。
「どうした」
障子をぴたりと閉じたきり動かない幸村に、焦れて問えば、背を向けたままの幸村がぽつりと呟く。
「……いや、妖に化かされているようで」
戸惑いもあらわな顔で振り向いた。
「その、某が、自分に都合の良い夢を見ているのではないかと」
政宗は喉で笑う。
「夢じゃねえさ」
片手を幸村へと差し伸べれば、引き寄せられるように幸村は膝をついてその腕の中へとおさまった。
「本当のところ、……貴殿にお会いできるのではないかと思い、庭に出ていたのだ」
自分も多分同じだったのだと政宗は思う。月明かりなどは言い訳で、真田幸村と出くわしはしないかとそんな下心で外に出たのだ。
政宗の背に腕が回される。
積極的だ。上等だ。
政宗も幸村の背に片手を回して抱き寄せる。
真田、と名を呼んだ。
「政宗殿……」
そのまま体重をかけて幸村を布団に横たえようとして、ん? と違和感に首を傾げた。
幸村の体が倒れない。
というか幸村は幸村で政宗の方へと力をかけてきている。ような気がする。
「……真田」
「何でござろう?」
気のせいではない。押し合いになっている。
まさかと思いながら確認する。
「オレが抱く方で構わねえよな?」
「いや、構いまする。某も政宗殿を抱きとうござる」
しまった。
思っていたのと違う展開になった。
自分が抱く側であると微塵も疑っていなかったが、幸村は幸村で少しも譲る気のなさそうな表情だ。目を合わせて、諭すように政宗は言う。
「なあ、真田。こういうのは目上に譲るもんじゃねえのか」
「目上? 貴殿と某はらいばる、対等だと申されたのは政宗殿ではござらぬか」
言った。そんなような事は多分何度も口にしてしまった。上も下もない対等な関係だと、それは本心なのだがまさかこんな時に災いするとは。後悔するがもう遅い。
「……OK. 上等だ。けど誘ったのはオレからだろ?」
「先に告白したのは某でござる」
された。それで確信を持ち寝床に誘うきっかけになった。が、
「No, 先にアンタのことを可愛いっつったのはオレだ!」
「あッ……ああああれは某の事でござったか?」
幸村が顔を赤く染めた。
その顔がまた可愛い。
そんなに可愛い反応を見せるくせに、なぜ頑なに譲ろうとしないのか。政宗は幸村の背を抱く腕に力を込める。幸村が身を捩った。
「しかし、か、可愛いとは男に対して不適切にござろう!」
「不適切なもんか。男だろうが何だろうが、オレがアンタを可愛いと思ったからそう言ったまでだ。それともアンタ、このオレの審美眼にケチつける気か?」
「……う」
「今だってンな真っ赤に顔染めて、見ろよ、肌が白いから首まで赤え。……可愛いぜ、真田」
最後はできる限りの色気を乗せて囁いた。
羞恥からか幸村の目は涙で潤み、耐えられぬといった様子で視線を落とす。小さくこぼした。
「政宗殿には、心乱されるばかりでござる……」
勝った! と、確かな手応えに政宗は内心で拳を突き上げる。
が、
「斯様に濃い色香を振り撒かれて、斯様に脳髄を痺れさせる声で、甘い言葉など囁かれては某とて理性が千切れまする」
「待て、Just wait! 何でこの流れでまだ押し倒そうとしてくんだテメエは!」
「何でも何も政宗殿を抱きとうござると、そう申し上げているではありませぬか」
「あのなあブレねえのも大概に」
「政宗殿……」
押し合ううち距離が近づいて、ふいに耳朶をくすぐった呼気に政宗はびくりと身を竦ませた。
人の声をどうこう言えるのかと内心で毒突く。掠れた幸村の声が腰にずくりと響く。
「ッ、さ、真田」
「某、この槍にて貴殿を貫いてみせますぞ!」
「……アンタまさか戦場で下ネタ叫んでたわけじゃねえだろうな!?」
数日後、居城に戻った政宗を、留守を預かっていた小十郎が出迎えた。
長旅を労い、同盟相手の信玄公や甲斐滞在中の話を尋ねる小十郎に、どこか気もそぞろな様子で政宗が言った。
「あのよ、小十郎」
「はい?」
「その、……もし真田が訪ねて来たら、オレんとこまで通せ」
「真田? 真田幸村でございますか」
「あー……まあ、それだ」
「お招きになったのですな。承知しました」
「いや、招いたっつうか、多分……来る。っつってた、から」
「はあ」
よくわからないながらも、真田幸村は政宗がライバルと認めた者である。甲斐で友好を深めて来たのだろうと小十郎は納得した。
ただ。
「政宗様、体調が優れぬのではありませんか? 発熱などは?」
「え? いいいいや何でもねえ!」
政宗の顔がやけに赤い事が気になった。
2020.12.04