おまけの帰り道
「片倉殿!」
帰りの道すがら、雪をかぶった畑に小十郎の姿を見つけて幸村は馬を降りた。
そう深くない積雪は人の往来で踏み固められ、日差しで溶けて、もう道の移動に支障はない。小十郎の他にも農民らしき姿が数人あって、それぞれ幸村に向けて腰を折る。
小十郎は作業の手を止め、手拭いで額の汗を拭いた。
「帰んのか」
頷いて滞在の礼と暇を告げれば、小十郎は常通りの気難しい表情で幸村を眺め、
「……ちっと待ってろ」
言い置いて遠ざかると、畑の一角から、収穫してあったゴボウやらネギやらを両手に抱えて戻ってきた。
「持って行け」
差し出されて幸村はうろたえる。
小十郎の野菜だ。
小十郎が政宗のために大切に大切に育てている、味の濃い絶品の野菜たちだ。受け取りながら、戸惑って小十郎の顔を確認する。
「頂いてよろしいのでござるか?」
「……このところ、お疲れの様子だったからな」
小十郎が目を細めた。
一拍遅れて、政宗の事を言っているのだと幸村は気付く。
「緩みきったツラが目の前に居て、少しは気の張りも取れただろう。その分だ」
幸村の来訪が政宗の息抜きになったと、そういう事だ。ならば、これは片倉からの礼なのだと幸村は理解した。
もう一度、抱えた野菜を見る。
腕いっぱいの。
「……片倉殿」
頭を下げようとしたその時。
「ちょーっと待ったぁー!」
ざっ、と幸村の隣に黒い風が巻いて、すぐに佐助の形になる。
「ねえねえ片倉の旦那、せっかくだからそっちのほうれん草も貰っていい? あ、春菊もあるじゃないの!」
「テメェ猿飛、どこから」
「え? そりゃ下から」
「佐助! おぬし少しは遠慮というものを」
「だって片倉の旦那の野菜だぜ? 遠慮してる場合でも忍んでる場合でもないっての! ね、いいっしょ?」
二人からの突っ込みにも負けずに佐助は野菜をねだり、
「……仕方ねえな」
渋い顔の小十郎は終いに苦笑して、待っていろ、とまた畑の中へと戻って行った。
「さっすが、話せるねえ。明日の朝飯楽しみにしてなよ旦那!」
今日は休まず甲斐まで移動するため、幸村の夕飯は政宗の用意してくれた握り飯だ。今夜は佐助の手配した忍び宿で夜を過ごし、煮炊きをするのは明日になる。
「さーて、どうやって括ろうかなっと」
佐助はどこからともなく縄を取り出して、馬と見比べて思案する。その足元にそっと野菜を置いて、幸村はふと、自分の頬へと手を当てた。
「なあ佐助」
少しばかりの引っ掛かりがあった。思い出して、佐助を見る。
「なにー? 旦那」
「俺は、そんなに緩んだ顔だろうか」
佐助は目を見開いて、すぐにああと頷いた。
「さっきの片倉の旦那の話ね。そりゃあもう緩みきってますよ。……独眼竜の前だと」
幸村はぱちんと瞬きする。
「……それはそうだな」
「でしょ。あー、やっぱ籠あった方がいいわ。調達してくる。すぐ戻るから待ってて旦那」
「わかった」
現れた時のように、風を連れて佐助は消えた。小十郎はかがみ込んで青菜を抜いている。
幸村はふと元来た方へと目をやった。
確かに緩み切っている、と考える。
次に会えるのはいつだろうかと、別れたばかりなのにそんな事ばかりが頭を占めた。
2020.11.30