サナダテと佐→かすが

「ほんっと、自分でも不思議なんだけどさあ!」
 よく日の当たる縁側に、猫のように寝そべりながら慶次は言う。
 猫に例えるには大きすぎる図体で、半端ない食欲で、飼い続けたらきっと餌代で真田家は立ち行かなくなる。手合わせで減った腹ふさぎにと用意した蕎麦は瞬く間に消えて、これの腹を満たし続けてここまで育てたのだから、前田の夫婦はああ見えて偉大だ。
 そんなことを考えながら、佐助は慶次の傍らであぐらをかいて、破れた着物を繕っていた。慶次との手合わせであちこち裂けた、あるじ、真田幸村の朱色の着物だ。
「仲良くなってから気づくんだよな。いいなって思って気になった子たちがみーんな、他の誰かに恋してんの。嫌んなるよ、ほんとにさ」
 裁縫などしているが、佐助とて別段暇なわけではない。監視役として仕方なくだ。もし幸村と慶次の打ち合いが度を超した場合、命を賭さずに割って入れる者など他にいない。
 慶次は大げさに溜息をつく。
「なあ、何で恋してる子ってあんなに可愛く見えるんだと思う?」
「さあねえ」
「かすがちゃんとかもさ、抜群に可愛いんだけど、謙信の前で顔真っ赤にしてる時が一番可愛く見えるんだよなあ……」
 二人の目の前、城の広場では、幸村が一人黙々と素振りを続けている。
 謙信の前で顔を赤らめるかすが。想像して、見てみたいなと佐助は思う。
 けれどかすがが謙信と共にいて、更に佐助と顔を合わせるとなれば、それは戦さ場以外にありはしない。叶うことのない夢だ。
 顔を真っ赤にして怒られたことはある。何度もある。透けるように肌が白いから、赤くなると隠すこともできない。睨みつけられてばかりで、怒鳴られてばかりで、可愛らしく顔を赤らめた様子など見たこともない。
「でもつまりさ、好きになった子が恋をしてて、それで幸せで、俺もそれ見てんのが幸せなんだよな。だから今んとこは、恋してる奴見てその話聞いて、俺も嬉しくなって、それでいいかなって……あれ、何でこんな話になったんだっけ?」
「さあ?」
 慶次は考え込んで、寝転がったままぽんと手を打つ。
「あ! そうだ、あんたが言ったんだよ。何でしつこく幸村に話聞きたがるのか、ってさ」
 その後独眼竜とはどうなった? と、ふらりと城に現れるなり慶次は幸村を質問責めにした。幸村が伊達政宗に抱く想いを、本人の自覚よりも早く見抜いていたうちの一人である。
 告白した? 何て言った? どうだった? どこまで行った? などと好奇心が止まらない慶次に、その破廉恥な口を閉じられよ、と幸村の顔と槍とが火を吹いた。それに慶次が嬉々として応えて、二人で武器を振り回しながら小一時間。壊した庭石や灯篭の請求は前田に送って良いものか。
 何でそんなに旦那の話が聞きたいの? それより自分の恋とやらを大事にしなよ、風来坊さん。
 そう言った佐助に、恋がことごとく実らないのだと慶次が嘆き始めたのだ。そうだった。
 佐助はふうと溜息をつく。
「その後の、旦那には聞くだけ無駄だよってのは耳に入ってなかったわけ? するわけないでしょ、あの人が。そういう話をさ」
「え、そんなこと言ってたっけ? ──あ、」
 唐突に慶次が声をあげた。
「政宗」
「は? 嘘だろ!?」
 驚いて手元から顔を上げたが、そこでは相変わらず幸村がひとり槍を振るっていた。二槍を回し、飛び退る。着地の反動でもう一度、今度は高く高く飛び上がり空中で身軽に体をひねる。
 その、幸村が避けた場所に、刹那に閃く三爪の軌道。
 確かに見た気がして佐助は目を細めた。慶次の言う通り、幸村が相手にしているのは伊達政宗だ。
「やっぱいいねえ。いい顔してる」
 恋はいいね、と歌うような口ぶりで慶次が言う。
 恋ねえ、と佐助は呟いた。
 どこまで行ったかで言えば、最後までだ。慶次の軽口を破廉恥呼ばわりする主に、どの口が言ってんのと突っ込みたくなるくらいにそれはもう色々としてしまっている。
 ふと幸村が素振りの手を止めた。
「前田殿! 食休みはもう十分でござろう!」
 さっきまでの手合わせで、一本を取れなかったのが余程腹に据えかねているらしい。
「あーはいはい今行くよ! ほんっと幸村は体力馬鹿だよなぁ。ね、相手するから夕飯も食わせてくれる?」
「夕餉か。風呂と寝床はよろしいか?」
「えっ、いいの?」
 やりい、と、慶次は身の丈より長い超刀を軽々持ち上げる。ふと佐助を振り向いた。
「そうだ、さっきの話だけど。そういう意味でいうとさ、俺、あんた見てんのも結構好きかも」
 頑張んなよ、と励ます慶次に
「………………そりゃどうも」
 冷えた声を返し、佐助は半眼になる。
 つまり知っていて口にしたわけだ。かすがは謙信公の前が一番可愛いだとか何だとか。この風来坊のこと、悪気はないのだろうけれどそれにしても。
 口元に片手をあてて声を張った。
「真田の旦那ぁー」
「何だ、佐助?」
「思いっきりやっちまって。庭石とか灯篭とか、壊した分の修理代は俺様が加賀に届けるからさ!」
 ええ? と慶次が声をあげる。
 うむ任せろ、と、幸村の朱槍が空に大きく弧を描いた。

2020.09.07