お館様ゲーム

「何してんだ」
 勝手知ったるとばかりに庭を通り主の室へと顔を出せば、庭に面した廊下で幸村と佐助とが何やら棒を数えていた。
 おお政宗殿、と幸村が顔を輝かせ、隣近所みたいに気軽に来ないでよと佐助がぼやく。先触れも何もない訪問だが、迎える方も慣れたものだ。政宗は幸村の隣へと腰掛けながらその背中に手を回す。
「ちょっと旦那ら、昼間っからやめてよね」
「あァ? Hugだ、hug. 異国の挨拶だって言ってんだろうが。アンタもガチガチになってんじゃねえぞ真田幸村」
「いいいいやしかし、昼間でござれば、やはりこのような距離は」
「夜までは居ねえぞ」
「え」
「散歩がてら足伸ばしただけだ。一刻もしたら戻る」
「……俺様の認識だとついでで伸ばせる距離じゃねえんだけど」
 幸村はこころもち悄然として、そうか、と自分も政宗の背に手を伸ばした。政宗が教えたハグの作法の通りに頬に頬を寄せる。それに満足げに目を細めて政宗は幸村から体を離した。 
「で、何してたんだ」
「ああ、酒宴の準備でござる」
 座り直すと、幸村は手に持っていた棒の束を広げて政宗へと示してみせた。数は三十ほど。削ってやすりをかけただけの、箸ほどの太さと長さの棒だ。
「座興に使うくじ棒なのだが、数が揃っているかを確かめていたのだ」
「くじ棒?」
 うむ、と幸村がひとつ頷く。
「これでも意外と丈夫なのだが、何しろ使うのが酒の席でござろう? 手折られたり踏まれたりで毎回幾らか使い物にならなくなってしまうのだ。それで、宴の前に欠番の補充をせねばと」
 言われてよく見れば棒の片端には数字が書かれていて、なるほどその確認をしていたのかと政宗は納得した。
「Humn, 武田の連中も案外気が荒えな。で、何だ。それで余興の順番でも決めんのか」
「いや、お館様を決めるのでござる」
 さも当然と出された言葉に、半眼になって政宗は黙り込んだ。
「……What?」
「ですから、お館様を」
「猿」
 時折突拍子のなさを見せる幸村の言動には慣れたつもりでいたが、久々に理解を超えた。幸村を飛び越してその向こう、佐助に声を遣れば、佐助が肩を竦めて、傍らから一本の棒を指に摘む。
「はいはい、っと。これね。これ当たりくじ」
 佐助が示すそれは他の棒と同じ長さと太さで、先端が朱色に塗られているのが他と大きく異なっていた。そして数字の代わりに『おやかたさま』と文字が書かれている。
「要は、その場で一番偉い奴を決めるくじなわけ。で、武田で一番偉いのってお館様じゃない? だからいつからか、当たりくじ引いた奴がその時だけお館様って呼ばれるようになってさ」
「佐助の申す通りでござる。そして『お館様』となった者は他のくじを引いた者を数字で指名し、何か一つ命令できると、そういった趣旨の座興でござるな」
 佐助は当たりの棒を、幸村の持つ数字棒の中へと差し入れる。幸村はそれを適当に手の中で混ぜてみせた。
「なるほどな。で、そのあいだ本物のオヤカタサマはどうしてんだ」
「参加してるけど」
 思わず、政宗は苦虫を噛み潰したような顔になる。
 事も無げに佐助は言うが、それはつまり、誰かが信玄に何らかの命を下す可能性があるという事だ。
「そりゃ、おっさん的には問題ねえのか」
「無論、無礼講のお許しが出た後でござる。当たりくじを引き『お館様』となれば、例えば“三番が『お館様』を殴る”など、その内容は思うままでござる」
「……その例も、武田的には問題ねえのか」
「独眼竜の旦那。宴会芸、宴会芸。気にしたら負けだって。それにさ、そのくじ、まずお館様しか当たんねえんだわ」
 ぱたぱたと手を振って佐助が笑う。
 政宗は目を丸くして、けれどすぐに、得たりとその隻眼を細めてみせた。
「なるほどな、テメエの仕掛けってワケか。Ha, 付き合わされる部下どももご苦労なこったぜ。結局のとこ武田のおっさんのご機嫌取りじゃねえか」
「やだなあ独眼竜の旦那、人聞き悪い。俺様はなーんにもしてないよ? なーんにもしなくても、お館様が勝手に引き当てちまうだけ」
「勝手に?」
「そ」
 意味を飲み込めずにいる政宗に、幸村がくじ棒の束を握って力強く頷いてみせる。
「政宗殿が信じられぬのも無理からぬこと。だが事実なれば。ひとえにお館様のお力でござる!」
「Power? おっさんの?」
「うむ。王気の成される技、といったところでござろうか」
 その言い様に、政宗がじわりと剣呑な気配を纏う。
 あ、と佐助だけはその変化に気付くが無言を貫いた。触らぬ竜に祟り無しである。
 幸村の弁には増々熱が籠る。
「斯様な瑣末なくじ引きであろうとも、容赦なく運気をその御手元に引き寄せてしまわれる。他愛のない余興ですらもお館様の王たる資質の証となってしまうのだ。おお……あの当たりくじを手にされるお姿を思い出すだけでこの身に震えが! さすがは!! さすがはお館様でござるううううううううううああああああ!! ……あ?」
 ひょい、と、政宗の手が無造作に、幸村が握り締めるくじ棒の一本を引き抜いた。
 三人の視線がその先端へと集まる。
 げ、と佐助が潰れた声を漏らす。
 幸村が目を輝かせた。
 その手が掴んだのは、ただ一本きり、先端を武田の色に染めた当たりくじ。
「get it」
 楽しげに政宗が口笛を吹いた。
「ま、こんなもんだな。虎のおっさんが特別ってワケじゃねえ。You See?」
 自信たっぷりに言う政宗だが、後に小十郎にこの時の事を、軽くキレて手が出ちまったけどマジで当たり引くとかオレ凄くねえかと自慢している。
「さすがでござる政宗殿!!」
「何、驚くほどの事でもねえ。こんくらい、オレにかかりゃ朝飯前だ」
「否! 政宗殿もまた、そのように造作もなく当たりくじを引き寄せられるとは……! やはり国主となられる器をもってすればこの程度のくじなど」
 言い募る幸村の額に、政宗は当たりくじの先端をコツンと当てる。
「で? こいつを引けば『お館様』として何か一つ命令できるんだったな?」
 幸村は、ぱちんと音がしそうな瞬きをした。
「如何にも。その、宴の席であれば、でござるが」
「堅えこと言うなよ。何十分の一だか知らねえが、見事引き当ててみせたんだぜ?」
 むう、と幸村は唸る。
「それは……確かにそうでござるな。では、何か、某に出来る事であれば言ってくだされ」
「ま、アンタにしか出来ねえ、というより、させねえ事ではあるな」
 政宗は幸村の耳元に顔を寄せる。ぼそぼそと、直接耳に吹き込んだ『命令』に、幸村が驚いて飛び退った。
「いいいいいや政宗殿! そのような事は!!」
 その更に向こうでは佐助が、聞きたくもねえのに聞こえたし……と、自らの忍の耳を恨んでいる。
「真田。テメエの主は誰だ?」
 床板に手を付いて、遠ざかった分の距離を詰めて、政宗は再び当たりくじを幸村の額へと当てる。
「おやか、た、武田信玄公でござる」
「Good. ま、お館様だろ? で、この棒には何て書いてある」
「……おやかたさま、でござる」
「なら、服従すんのが筋だよなァ?」
 にやりと笑って、政宗は幸村の腕を掴んだ。草履を落として室へと上がる。
「OK. 『お館様』からの命令だ。真田は半刻オレに付き合え。猿、障子と襖閉めて人払いしな」
「だってさ。どうすんの、真田の旦那」
 政宗に引かれて立ち上がり、引きずられるようにして室内へと足を踏み入れる幸村に、上目遣いに佐助は問う。政宗の『命令』の内容に顔を真っ赤に染めていた幸村は、弱った様子で佐助と目を見交わして、やがてひとつ頷いた。
「……頼む」
「はいよ、っと」
 佐助が立ち上がり、開け放っていた室の扉をひとつずつ閉じていく。幸村はやはり顔を赤らめたまま政宗へと向き直る。その隻眼に驚きを乗せた政宗と目を合わせた。
「命令、なれば。仰せのままに」
「真田……」
 幸村が政宗を引き寄せて、その背を抱く。政宗は視線を揺らして瞼を伏せた。唇が重なる寸前に、
「はいはい閉めてからにしろよあんたらもうちょっと慎みってもんとかさあ」
 佐助がぼやきながら最後の障子を音を立てて閉じた。

2013.05.04 SCC22/サナダテプチオンリーペーパーラリー用小ネタ再録