あなたのためなら

 旦那ーと間延びした声が上からかけられて、幸村は鍛錬の手を止めた。
 滑空する大きな影が足下に落ちる。
 見上げれば空を飛ぶ大烏の足に掴まった佐助が丁度その手を離したところで、虚空を蹴る仕草で器用に一度宙返りすると、幸村の傍らに着地した。
「遠路すまぬな、佐助」
「はいはーい。猿飛佐助、定期連絡に参上! っと……?」
 言って、佐助は庭に面した室内を眺め、更にきょろきょろと周囲を見回す。
 伊達の城、幸村の滞在に用意された室の前庭だ。
 佐助はこの城の主とは折り合いが悪いが、小十郎らとは側近同士それなりに交流を深めている。おかげで、城の敷地でも幸村の元を訪れる限りは、空から降ろうが地面から湧こうが咎められることはない。
「旦那、一人? 独眼竜の旦那が見えないけど」
「政宗殿は朝からご政務だ。何やら急な用件が持ち込まれたとかでな。今日は遅くまで戻られぬらしい」
「あーらら、それで放っとかれてるってわけ。旦那かわいそ。ずっーと前から約束してたのにねえ」
 佐助の軽口に、幸村は困り顔で笑う。
「良いのだ。政宗殿を幾日も独占しようというのがそもそも贅沢な話であるし、お忙しいのならば仕方があるまい。昨日もお疲れだったのか、随分早くに眠ってしまわれてな」
「……へえ?」
「ところで佐助、この後はどうするのだ? 今日のうちに戻るのか?」
「一応、旦那の護衛しつつ帰りは明朝ってことにしてあるけど。何、鍛錬のお相手?」
「うむ、頼む! そうだ、先に鍛錬にして報告は後でも良いな!」
 言いながらも、幸村は待ちきれない様子で片方の槍を手の中で回す。空を切り回転する朱槍を眺めて、佐助はちらと視線を彷徨わせた。
「なあ旦那。ここに着いたのって昨日だよな?」
「ん? ああ」
「で、ゆうべ独眼竜の旦那が早々に寝ちまった」
「……そうだが」
「ってことは、旦那、昨日独眼竜に夜の方の相手して貰えなかったってこと?」
 槍を回していた幸村の手が滑った。
 回転しながら空高く舞い上がった槍は、やがて回りながら落ちてきて、庭土に叩きつけられてがらんごろんと派手な音を鳴らして幾度か弾む。
「――――な」
「あーなるほどね。それでそんな露骨に体力余らせてるってわぶふぉッ!?」
 幸村は慌てて佐助の口を手で塞ぎ、周囲を見回し、今の言葉を誰か耳にしなかったかと確かめる。
「ばばば馬鹿者、弁えよ! このような場所で何を言うのだ佐助えええええ!!」
「ひょ、らんな、いきれきらいっへ!」
「声をひそめぬか!」
 幸村は佐助の頭を押さえ付けて地面に座らせ、自分もまたしゃがみこんで身を低くする。
「うげー苦しかった……。あのさ旦那、この姿勢誰かに見られた場合密談っぽくて逆に怪しいってか」
「お前がとんでもない事を言い出すからだ!」
「え、だって。違う?」
「ち、」
 佐助の視線を受けて耳まで真っ赤になった幸村は、陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと口を開閉させて、
「………………違わぬ、が」
 嘘もつけずに白状してしまうのは、武田信玄と佐助による、真っ直ぐ育てという弁丸への教育方針の賜物である。



『ッ……、悪い、駄目だ』
 昨夜のことだ。
 ぴたりと身を寄せ合って、長い長い口づけの後に、躊躇いがちに政宗が口にした。
 今日は、できそうにない。
 そう言われた。
 褥でのことだった。二人きりだった。
 目の前には夜着の政宗が居て、湯あがりの色づいた体が艶かしくて、深い口づけの名残で唇は幸村を誘うように濡れていた。長いこと会っていなくて、つまり久しくご無沙汰で、正直下半身も政宗を欲して限界で、
『な、らば、またの機会にお相手してくだされ』
 なにゆえ、と口に出かかった言葉をぎりぎりのところで噛み殺して、幸村は平静を装ってそう答えた。言った途端取り消したい衝動に駆られたが、それもどうにか押さえ込んだ。
 何しろ政宗が拒むなど滅多にないことだ。
 いつもならば主導権を握る勢いで幸村に触れてくる政宗の、珍しい拒否。
 聞けずに食い下がりなどすればきっと政宗を困らせる。呆れられもするだろう。聞き分けのないガキだと、そんな風に失望されるのは嫌だった。その一心で、幸村は理性を総動員して己を制した。
 政宗は少し困り顔で笑ってみせて、悪いなともう一度詫びて、幸村の髪を撫でてこめかみに唇を触れさせて、そして横になるが早いかすぐさまことりと眠りに落ちた。
 疲れているのだな、と、寝顔を眺めながら考えた。
 幸村との時間を作るために、政宗は時折無理をする。政宗に聞いたところで絶対に肯定などしないけれど、幸村はそれを知っている。
 そして、今日は朝から政宗を政務に取られてしまった。忙しいのは間違いなかった。
「だ、だから、仕方がないのだ」
 佐助に追求されるがまま昨夜の成り行きを説明して、幸村は顔を赤くしたまま視線を逸らす。
 話す間に、佐助に引っ張られて幸村は濡れ縁に腰掛けていた。佐助の主張する通り、しゃがみこんで声をひそめて話をしている姿は怪しいにもほどがあった。
「ふーん……。ま、本当にそうならいいけどね」
 佐助も幸村の隣に腰掛けて、膝から下をぷらぷらと所在なく揺らしている。
「何だ。言いたいことがあるならはっきり言わぬか」
「いーえ、別に? ただ、旦那が下手で飽きられたんだったりしてーなーんて考えてたわけよ、俺様としては」
「は? な、へ、下手とはどういうことだ!?」
「だから、旦那の、床でのやりかたが稚拙なんじゃねえのって」
 幸村は目を剥いて佐助を凝視した。
 考えたこともなかった。
 それが正直なところだった。
 幸村はいつでも気持ちが良いばかりで、だが思い返せば、少しは上手くなってきたとかそんなようなことを政宗に言われたことがある。裏を返せば上手くはないということだ。
「そっ……それは、だが、俺は政宗殿しか知らぬし……」
 巧拙で言えば間違いなく稚拙なのだろうと、幸村は考える。
 それでも、政宗が幸村に飽きただとか、幸村相手ではつまらないだとか、そういった様子を見せたことはない。言われたこともない。
 それに、と、今朝の政宗とのやりとりを思い出し、幸村は頭を振って気を取り直す。
「でしょ? 独眼竜の旦那が忙しいのなんて今に始まった事でもないじゃない? それを今回に限って拒否されたってことは」
「いや、ない! 政宗殿が俺に飽きたというようなことは断じてない!」
「え、何で?」
「今宵は必ずお相手してくださると政宗殿が朝……ああっ!?」
 また余計な事を言ってしまったと幸村は慌てて口を噤む。
 佐助はちょっと驚いた様子で、すぐにへえと呟いて半眼になった。
「ああ、そう。良かったじゃないの」
「……うむ」
「でもま、旦那も少しは工夫した方がいいぜ。でないとそのうちほんとに飽きちまったりしてー」
「からかうのも大概にせよ佐助! 某が政宗殿に飽きるなど、天地が逆になったところであり得ぬことだ!」
「そりゃあね、旦那はそうでしょうけど。独眼竜の旦那はどうなのさ」
「無論、政宗殿とて――」
 言いかけて、はたと幸村は目を瞠る。
 工夫。
 思い当たる節があった。
 政宗は時折、趣向を変えるのだと言って、閨に変わった道具を持ち込むことがある。
 それは姿を映す鏡であったり、性具であったり、最近では異国の服だった。その時も幸村が政宗の城を訪れた。日が落ちて湯殿を借りて、政宗の待つ部屋へと戻ってみれば、政宗は何やら風変わりな洋服を身に着けて幸村を待っていた。
 白いひらひらとした前掛け。脚が丸出しになるほど丈の短い、裾広がりの黒い洋服。その下にはやはりひらひらと細かいひだの作られた薄布が覗き、膝から下は黒色の、脚絆に似た薄い布に覆われていた。
 その無防備な出で立ちにもかかわらず腰にはしっかりと六爪が下げられて、
「Welcome back my master!」
 などと腕組みの仁王立ちでわけのわからない事を高らかに言い放たれた。とても困った。
 異国の女中のcostumeらしいがどうだ? 滾るか? と言われたところでただ返答に困るばかりで、だが堂々と露出された政宗の脚の筋肉には改めて見惚れた。思わず許しを得てその場で触れて、素晴らしさを堪能しているうちに何だか気分が盛り上がって、結局その衣装のまま事に及んでしまった。
 あの趣向は何と言っていたか。
 記憶違いでなければこすちゅーむぷれいと言っていたはずだ。
 幸村は呆然と思い出す。
 ああいった趣向が好みなのかと思い込んでいたが、あれは政宗なりの工夫だったのだろうか。
 困惑して、情けない目で佐助を見れば、佐助は何やら楽しそうな顔で。
「なに旦那? 何か心当たりでもあった?」
 その佐助の意地の悪い顔を睨みつけ、幸村は悩みに悩んで奥歯を噛む。
「わからぬ……が」
 そして佐助に、少しの相談と、少しの頼みごとをした。



 遅くなるとの言葉の通り、政宗が幸村の元に戻れたのは夜になってからのことだった。
 湯を使って体を清めて、幸村の滞在する室へと向かいながら政宗は廊下に溜息を落とす。
 幸村を呼んでおきながら結局一日放ってしまった。
 昨夜は寸前でおあずけを食らわせるというおまけ付きだ。
 政宗とて当然するつもりでいたのだが、ここ数日の忙しさで予想外に疲れが溜まっていたらしい。どうしても眠気に勝てなかった。今日も忙しなかったといえばそうなのだが、ゆっくりと眠れた分回復はした。
 楽しませてやるからいい子で待ってろ。
 湯殿に向かう前に耳打ちすれば、幸村は真っ赤になって狼狽えながらも頷いた。おあずけの分、今夜はしたいだけ付き合おうと考える。明日に響いたところで一日寝て過ごせば良い。
 そんな事を考えながら城の奥、明かりの灯る部屋近くまで来たところで、政宗はふと足を止めた。
 幸村が待つはずの部屋から衣擦れの音がした。だけでなく、声をひそめて話す気配。政宗は足音を消して慎重に部屋へと近づき音を拾う。
(――ま、待て。やはり)
 幸村の声だ。その口調から、相手は猿飛かと考えたと同時に、予想の通りの声がした。
(なに、今更やめんの?)
(う……)
(旦那がいいならいいけど。どっちにすんのさ。早く決めないと独眼竜の旦那が戻って来ちまうって。言っとくけど俺様、いまだにあのお人の気配に関しては完璧に拾う自信ないから)
 That's right. 胸中で呟いて、政宗は気配を消したまま様子を伺う。
(これは、すぐに取れるものなのか?)
(あーちょいと残るかもしれねえけど。まあ、こすってみるよ。こっちのは簡単)
 だが、何をしているのかはよくわからない。障子紙に映る影も曖昧で何の情報も伝えて来ない。政宗は諦めて障子に手をかけ、
(じゃ、外すよ?)
 佐助の言葉に被せて勢い良く障子を引き開けた。
 声の通り、室内には佐助がいて、「げ」と一言つぶやいたかと思うと黒い影となって畳に溶けた。
 そして佐助を背後に立たせて座していた人物を、咄嗟に幸村だと認識できず、政宗は忙しなく瞬きする。
「うお違うのだ政宗殿! これは、その!」
 一瞬女に見えたのは、真っ先に目に飛び込んできた赤い打掛のせいだった。だが声は真田幸村で、見れば顔も幸村だ。
 座った姿勢で慌てて後退る幸村は、常の通りの白い夜着を身に着けて、その上に、茜色に繊細な花模様のあしらわれた華やかな打掛を羽織っていた。日頃跳ね放題の髪は根気良く梳かしでもしたものか少しばかり落ち着いていて、長い後ろ髪は縺れて肩に落ちかかって、簪が数本絡まっていた。中途半端なその状態に、外す、と佐助が言っていたのはそのことなのだろうと知れた。
 そして両の目尻には役者のような紅色の隈取。
「“これは、その”? 何だ?」
 誤解も何も見たままだ。言葉尻を繰り返して続きを促せば、真っ赤になった幸村が観念した様子でぽつりと言う。
「……こすちゅーむぷれい、でござる」
 ぶふっ、と思わず遠慮なしで吹き出した政宗に、幸村が眦を吊り上げた。
「いや、悪ィ。可愛らしい顔だと思ってたが、こう見ると案外アンタも男だな」
「笑わないでくだされ!」
「だからSorryっつってんだろ。 ま、美人と言や美人だぜ? 何ならそのまま嫁に来いよ」
「心ない言葉は結構でござる! やはりやめておくべきだった……!」
「あァ、待て、取るな。猿飛!」
 目尻の紅を手で拭い取ろうとした幸村に、政宗は早足で近づいてその両腕を掴む。佐助を呼んで暫し待てば、畳に黒い靄が巻いて、そこから不機嫌な顔の佐助が姿を現した。
「ちょっと独眼竜の旦那。他所の忍、我が物顔で呼ばないでくれる?」
「気に入らねえなら来なきゃいいだろうが。折角だ、コイツの髪、ちゃんと結えよ」
「作りましたよ? 俺様はちゃんと。けど真田の旦那に外せって命じられたもんで」
「化粧は目尻の紅だけか? 白粉だの何だの持ってんだろ、色々と」
「白粉も口紅も旦那が嫌がったもんで」
「思い切りの足りねえ野郎だな」
「ちょ、おい、佐助」
 話しながら佐助は器用な手つきで髪をほぐし、梳き直して、あっという間に捻って丸めて長い簪を数本使って飾り立てる。
「じゃ」
「おう。もう呼ばねえから離れてろ」
 佐助が消えるのを確認して、政宗は幸村の腕を掴んだまま、膝をついて目線を近づけた。幸村はばつが悪そうに目を背ける。
 そうして瞼を伏せ気味にすれば、慌てふためく姿では滑稽でしかなかった目尻の紅が、途端に艶めいて眼に映った。腕を戒めて見下ろしながら、悪くない風情だと政宗は密かに笑う。
「で?」
「……で、とは」
「アンタ、こういうの好きじゃねえだろ。どういった風の吹き回しだ?」
 問われて、幸村は目を逸らしたまま唇を尖らせた。
「これは……以前、政宗殿が異国の女人の服をお召しになっていた事を思い出し……」
「Hum? アレか。女中の」
「左様。それで、政宗がそういった趣向がお好みならば、楽しんでいただけるやもしれぬと」
 そう考えたのだ、と、伏せた目を上げられずに言う幸村に、政宗は唇の片端を上げて苦笑した。
「真田」
「……は」
「こんな事するくらいなら、少しくらい食い下がってみろよ」
「…………え?」
 顔を上げた幸村の額に、政宗は自分の額をこつんと当てる。
「昨夜だ。アンタ、あんまりあっさり聞き分けやがるから、それほどしたくねえのかと思ってたぜ」
「そ、そのようなこと」
「I see. ま、わかってる。けど少しは態度で示せ。我侭くらい聞かせてみろ」
 幸村は驚いて政宗の目を見ようとするが、額が触れる距離では近すぎて逆によく見えない。
 思いがけない言葉だった。政宗を困らせるとばかり思っていた。
「……本当は」
 困らせても良いのか、と、幸村は息を呑む。
「本当は、あの時、理由を問いたかったのだ」
「言やいいだろ、それくらい」
「聞き分けのないガキだと、呆れられるのではないかと」
「……Hum, オレの言いそうなことだな」
「そうでござろう?」
 政宗は喉で笑う。
 幸村も、口元で笑って目を閉じた。
「あのように、閨で、久方ぶりに政宗殿が傍らにいて。それで、触れられぬというのは正直辛うござった」
「ケツに突っ込めねえのが、の間違いじゃねえか?」
「……そうでござる」
 肯定されて、政宗は目を瞬かせた。直接的な言葉は幸村の嫌うところだ。政宗が口にすればまるで生娘のように恥らうのが常だったというのに。
「眠る政宗殿を眺めながら、幾度触れてしまおうとしたかわからぬ。しきりに疼いて、寝付くのに苦労したのだ」
 苦しげな声に、政宗は幸村の腕を戒めていた手を離した。
 かわりに幸村の両脇の下に手を潜らせながら、顔を寄せれば、意図を汲んだ幸村が、膝立ちになって政宗の首に抱きつきながら口づけに応えた。音を立てて軽く口づけを交わし、すぐに政宗はするりと身を屈めた。
「……政宗殿?」
 不思議そうに呟いた幸村の、夜着の裾をゆっくりと割った。幸村が息を呑む。顔を寄せ、深い呼吸で雄の匂いを体に満たし、政宗は目を細めた。
「淋しがらせて、悪かったな」
 その部分に語りかけるようにして、幸村の雄を手のひらに乗せる。竿に軽く口づけて、咥え込んだ。
「あ……!」
 首に抱きついていた幸村の手は、政宗が身を屈めたことで、自然、頭を抱える形になっていた。身震いした幸村の手が、政宗の髪を乱す。
 政宗が幾度か顔を前後させただけで、幸村は見る間に育ち反り返った。口を離し、手で扱きながら竿を舐め、もう片方の手で嚢を揉み転がしてやる。びくびくと震える様が可愛らしく、頬擦りするように顔を寄せて根元から舌を這わせて移動させ、舌先で先端を刺激しながらまた口内へと迎え入れる。
 唾液を絡ませながら、口の内側で幸村の感触を楽しんでいた政宗は、ふいに勢い良く腰を引かれて目を瞠った。口から雄が引きぬかれ、直後、押し倒されかけてどうにか堪えた。
「ちょ、おい、待て、真田!」
「待てませぬ! 早く、……政宗殿に入りたい」
 欲に濡れた目で言われ、政宗は息を詰める。いつもならば流されてやるところだが、と、幸村の纏う華やかな赤を見た。
「アンタ、そりゃ何のための女装だ?」
 指摘する。
「オレを楽しませたかったんじゃねえのかよ」
「う。し、しかし、ならば政宗殿は我侭を言えと先ほど某に」
「Shut up!」
 怯んだ幸村を逆に押し倒した政宗は、腹の上へと跨って、赤い打掛の肩を上から片手で抑え込んだ。
「OK. Stayだ、真田幸村。そのまま大人しくしてろよ?」
「う……」
 夜着の裾を捲り上げ、枕元から軟膏の薬入れを拾い上げて中身を指にたっぷりと絡める。後ろへと自らの指を潜り込ませ、性急に指を増やして入り口を広げながら、政宗は幸村の姿を眺め下ろした。
 乱れて散った打掛の赤い色彩の中で、紅だけでなく目元を染めた幸村は、衝動を堪えるためか片手の甲を口元へとあて、眉根を寄せて、濡れた目で政宗を見上げている。息が荒い。時折喉を鳴らして唾液を飲み下しながら、言いつけの通り大人しく横たわっている。
 入り口を解す手を止め、軟膏を新たに掬い取って、後ろ手に手探りで幸村の雄へを撫で上げながら塗り付けた。
「……っ!」
 途端、苦しげに幸村が身を捩る。
 辱めてでもいるようだ。
 考えて、片頬を歪めて政宗は笑い、
「――アンタにしちゃ、悪くねえ趣向だ」
 呟いて、息を吐き、声を殺して、位置を合わせるとゆっくりと幸村の上へ腰を落とした。



 翌日。
「政宗殿……これは」
 家人に小振りの行李を幾つか部屋へと運ばせ、自分は腹ばいになって煙管片手に寝転がったまま、政宗はその行李の中身を幸村に検めさせた。蓋を開けてみれば中には見たこともない意匠の洋服が一組収められていて、一瞥しただけで幸村は怯む。
 赤い。
 幸村の戦装束も赤いは赤いが、それよりも鮮やかに赤い布地。
「見りゃわかんだろ。異国の服だ。Santa Clausって野郎の装束らしいぜ」
「は? さ、三太?」
「赤えし、多分似合うだろ。着てみせろよ」
 楽しげに言われて、幸村は試しに洋服を持ち上げてみる。裾広がりで、丈は長くはないがそう短くもない。刺繍や染め抜きなどもないただ赤いばかりの艶やかな布地に、真っ白な、獣毛の手触りの裾飾りが縫い付けられている。行李を見るが下衣は見当たらず、同じ色の脚絆のようなものと、やはり赤に白い縁取りの烏帽子のようなものが畳まれて収められていた。
 五、六ばかり積まれた行李からもう一つ蓋を開けてみれば、以前政宗が身に着けたことのある異国の女中の装束だ。残りも似たような服だと想像がついた。
「某、こすちゅーむぷれいを好むわけではないのだが……」
「あァ、あいにく、この有様で今日は遠駆けも手合わせもできそうにねえしな」
 腰をさすりながら言われて、幸村は言葉に詰まる。
 だから、と煙を吐き出しながら政宗が笑う。
「Fashion showと洒落込もうぜ、真田幸村」
 言葉はわからないながらも、行李にある衣装を次々着てみせろと、その意図は正確に伝わった。
 これは政宗なりの工夫などではない。ただの趣味だ。そう確信して幸村は、引きつった笑みを返しながら、政宗の要望に応えるべきか、どうにかして切り抜けるべきかをぐるぐると必死に考えた。

2012.09.09 『化粧をする』選択課題・ラブラブな二人へ > お題配布元:リライト