鬼の霍乱と竜の浪漫
「……寝込んだァ?」
耳にした言葉を鸚鵡返しに口にして、政宗はその隻眼を見開いた。庭先では草木の色の装束を纏った忍が膝を付いて、はあ、まあ、と困ったような肯定を返す。
本当ならば幸村が訪れることになっていた、よく晴れた早春の午後だ。
けれど幸村は現れず、代わりに佐助が一人でやって来たかと思うと、耳を疑う報せを政宗へともたらした。
幸村が寝込んだ。
冬場でも見ている方が寒くなるような薄着で平然としている、常に精気が有り余っているような真田幸村が倒れたという。
佐助が言うには高熱を出したらしいが、幸村の体温は元から常時発熱しているような、人より遙かに高いものだ。更に熱を上げたとなると一体どんな事になっているというのか。
「Uh, ……想像出来ねえな。あの野郎が人並みに病に罹りやがるとは……」
部屋の中で胡座を組み、煙管片手に佐助の言葉を聞いていた政宗は、呟いてがしがしと頭を掻いた。
「ま、真田の旦那が倒れるなんて、俺様が仕えるようになってから初めてだし。正直俺様もいまだに信じられないっていうか」
「……初めて?」
「そ。だからその旦那を寝込ませる病だってんで、屋敷の人間半分以上暇出して避難させてさ。いやあもう大変よ」
投げ遣りに笑った佐助は、そんなわけで今回の訪問はなしってことで、と一礼して締め括ろうとしたのだが、煙管が置かれる硬質な音と立ち上がる衣擦れの音に顔を上げて政宗を見た。
「Okay. それならオレが上田に行く」
「……は?」
「野郎が来れねえってんならオレが行けばいいだけの話じゃねえか。You see?」
言いながら政宗は、青い陣羽織に袖を通し、腰に刀を六本差してと、てきぱきと出立の準備を進めている。
「ちょっと何言ってんのあんた! オレが行くって、真田の旦那に取り憑く病よ!?」
「それが?」
佐助は思わず腰を浮かせて身を乗り出すが、政宗はどこ吹く風といった様子だ。
「だから! 伝染したらマズいっしょ? 竜の旦那まで倒れるかもしれないし、奥州に持ち帰って周囲一帯壊滅したらどうすんのさ。悪いけど、もしそうなってもうちは責任取らないよ」
「Ha! 忍ごときに責任押しつけるほどこの独眼竜は落ちぶれちゃいねえ。病なんざ気合いで何とかするさ」
「あのねえ。気合いで何とかできるもんならそもそも真田の旦那が」
「ッたく、うるせえ草だな……。そんなことより、いいか忍。よく考えろ」
言葉を遮り、鋭く睨み付けられて、何を言い出すつもりかと佐助は眉根を寄せて待つ。
政宗は腕組みし、顎を上向けて、傲岸な態度で佐助を見下ろした。
「テメエが真田に仕えて何年になるかは知らねえがなァ」
「あ、ちょい待って確か今年で」
「Shut up. 野郎が滅多に寝込まねえってんなら、これがlast chanceかもしれねえわけだ」
言って、政宗はひとり、真顔で頷く。
意味のわからない言葉が混じったものの、言いたいのは十中八九ろくでもない内容だ。そう感じながらも佐助は一応促してみる。
「……つまり?」
「体拭いてやったり、着替えさせてやったり、濡らした手拭い額に乗せてやったり、口移しで水飲ませてやったり、匙に掬った粥を吹いて冷まして「ほら、あーんしろよ」とか言って食わせてやったりする最初で最後の機会かもしれねえってことだろうが!」
必要以上に偉そうに言い放たれた主張に佐助は思わず眩暈を覚え、脱力して土と仲良しになりかけたところをどうにか堪えた。両のてのひらを冷たい地面に叩き付ける。
「そんなの元気な時にいくらでもやりゃいいでしょうが!」
「馬鹿かテメエ! 具合が悪くてぐったりしてる時で、モノが粥ってのがromanなんじゃねえか!」
「浪漫だか何だか知らないけどねえ、あんたに来られても正直こっちも迷惑なんだよ。邪魔なの! わかったら大人しくしててくれない!?」
「Ha, 知ったことかよ。オレは行くぜ」
縁へと足を踏み出した政宗に、佐助は声を一段低くして腰の手裏剣に片手を置く。
「ああ、そう。……なら俺様はやめさせるまでだ」
政宗も刀の柄に手をかけて、嘲りの口調で挑発する。
「へえ、忍ごときが面白え。やってみろよ、できるもんならなァ?」
二人の間で視線が激しく火花を散らす中、どかどかと大股で廊下を渡る足音がしたかと思うと、
「政宗様! なりませぬ!!」
細い眉を吊り上げた片倉小十郎が、怒声と共に姿を現した。
これ以上ない頼もしい助け船の登場に佐助は密かに口元に喜色を浮かべ、政宗は小さく舌打ちを漏らす。
「……んだよ小十郎、聞いてたのか」
「聞いていたというより聞こえて参りました。そして耳にしてしまったからにはこの小十郎、斯様な危険な病の蔓延する地に政宗様を送り出す訳には参りませぬ!」
静かな、けれど強い語調で言い切って、小十郎は廊下に両膝をついて腰を落とす。
政宗は弱った様子で、端座する小十郎を見、それでも決意は変わらない。
「Ah, 元々真田が来る筈だったんだ。予定は開けてある。政務に支障は出ねえだろうが」
「わざとらしく話を逸らさないでいただきたい。あの真田を跪かせた病に、政宗様が耐えられるという確証はおありですか?」
「うつされねえように注意は払う。五日後には必ず戻る。……な、小十郎。それでいいだろ?」
「なりませぬ。どうしてもと仰るのならば、この小十郎を斬り捨ててから行かれませ!」
甘えを含んで伺う声音にも、小十郎は頑として首を縦に振りはせず、佐助は内心で喝采を上げる。
正直なところ、政宗が来て幸村の看病を買って出たところでそれほど邪魔というわけではない。
怖いのは政宗に病が伝染することである。
幸村は心配して起き上がるだろうし、政宗に病をうつしたとあっては何よりこの近侍が恐ろしい。首とまではいかなくとも、指の二、三本失うことは覚悟しなければならないだろう。それは困る。とても困る。
さすがの政宗もこれで諦めるだろうと見守る先で、深く息を吐いた政宗が、小十郎の正面に片膝を付いた。
「なあ小十郎」
「なりませぬ、と申しております」
「オレがガキの頃、熱出して寝込むと、お前と喜多が看病してくれたよな」
穏やかな声音に、小十郎は細めていた目を見開いた。確かに政宗が軽い病に伏せった時などは、小十郎か、政宗の乳母を務めていた小十郎の姉のどちらかが、必ず政宗の側に居た。
「ろくに寝ずに、二人で交代でオレについていてくれた。昼でも夜中でも苦しくて目ェ覚ますと必ず側にいて、安心させるみたいに笑って、髪を撫でてくれた。……手ェ握っててくれたこともあったな。熱くて、苦しくて、でもお前らが側に居てくれた。どれだけ心強くて、どれだけ嬉しかったかわからねえ」
その時を思い出してか、政宗の目元が柔らかく緩む。その政宗の真意をはかるように、小十郎は瞬きもせずに主君の隻眼をひたと見つめる。
「だってのに、お前も喜多も、自分が寝込んだ時にはオレに知らせもしねえ」
「政宗様、それは」
「あァわかってる。だがな、小十郎。遠方に使いに出てるだとか適当な事言って、オレが知るのはいつもお前らが完治した後だった。ずっと後だった。それが、どれだけ歯痒かったかわかるか?」
拗ねた口調で政宗は言い捨て、一度視線を逸らすと片手で眼帯に軽く触れた。
「病で床から起きあがれねえ不安は、オレには痛いくらいにわかる」
そうして、改めて小十郎と目を合わせた。隻眼の強い光で真っ直ぐに射貫く。
「だから、お前らに貰った安心、心強さを、……オレも誰かに与えてやりてえんだ!」
「政宗様……!」
感極まって、小十郎が溢れる感情を堪えるように頭を下げたその瞬間。
「ってことで、ちっと数日ばかし留守にするからよ。後は頼んだぜ、小十郎」
言うなり、政宗は縁の下に置いてあった草鞋を掴むと足袋のまま庭を駆け出して、背の低い植木を軽々と飛び越える。
「しまった! 政宗様、お待ちを!!」
「うっわ、右目の旦那弱すぎじゃない……?」
慌てて叫んだ小十郎の声も、呆れて呟いた佐助の声も、厩めがけて一直線の政宗の耳に届きはしない。
何だかんだで、主には弱い従者二人だった。
*
奥州南部は良馬の産地として知られるが、政宗の馬はその奥州でも滅多に見ないほどの駿馬である。速く強い足を持ち、険しい崖をも容易に下る。
その背に乗って駆け通し、空に星が瞬く頃には、政宗は甲斐の地へと入ることができた。
しかしさすがに時間が時間だ。その日の訪問は諦めて、道中で宿を借りて過ごした。
そうして、夜明けを待って城へ行けば、幸村は既に目を覚ましていた。だけでなく、布団の上に背を起こしていたのには政宗も驚いた。
「……何だよ。元気そうじゃねえか」
訪れるなり目を輝かせて喜ぶ幸村の様子に拍子抜けしながら、政宗は布団の側に腰を下ろす。幸村の傍らに医者はおらず、老齢の侍女が控えていたが、政宗と入れ替わりにさがって行った。
「うむ、もうすっかり良くなった。政宗殿が来てくださったおかげやもしれぬな!」
幸村はそう言うが、見ればやはり顔色が悪い。血の気を失って白い。憔悴の色が強かった。
政宗は、笑み崩れる幸村の様子を観察する。
「Humn...」
「それにしても、昨日一日寝ていたせいで体が鈍って仕方がないのだ。政宗殿、よろしければこれから一緒に遠乗りでも如何だろうか? まだ梅が見頃でござるし」
上機嫌で喋る幸村を政宗はじろじろと眺め回し、本当に熱がひいたものかどうか、確かめようと手を伸ばしたところを、咄嗟の動きで額を庇った幸村の腕に阻まれた。
二人同時に目を瞠り、微妙な沈黙が落ちる。
「あ、すまぬ、が……」
気まずそうに謝った幸村は、それでも腕をどける気はないらしい。
思わぬ拒否にいちど瞠った目をゆっくりと細めて、政宗は幸村の顔に自分の顔を近づけた。
「Hey, 何で隠す?」
「い、いや、それがし伏せっている間さんざんに汗をかいて、まだ風呂にも入っておらぬゆえ!」
「へえ。汗、ねえ……」
相槌をうって笑う政宗の、目だけがさっぱり笑っていない。
「オレは別に、アンタの汗の匂いは嫌いじゃないぜ?」
「それは……その、だが、それがしが気になるのだ。こう臭くては、だから、……あまり近くには」
ひきつった笑みを返した幸村だが、額の前に翳した腕を力任せに掴まれて、うわ、と声をあげると身を竦めた。
「おい、アンタ。腕、ちっと熱いんじゃねえか?」
「いやそのようなことは全然! 全く! 政宗殿の思い過ごしでござる!」
「Okay, 思い過ごしかどうか確かめてやるからこの手どかせ」
「それはできぬ!」
健康体と病み上がりという、幸村に分の悪い力比べが始まろうとしたところで、ふっと力を抜いた政宗が幸村の首筋にぴたりと手を当てた。
あ、と声をあげて幸村が硬直する。
別に、額でなくとも熱は計れる。元から人より体温の高い幸村だが、触った感じでは常よりも更に高い。それが判るほど幸村の体温を覚えてしまっているのかと、この場に真田ご自慢の忍びかあるいは伊達ご自慢の右目がいれば突っ込みを入れてくるところだが、そんなものはまあ今更だ。
「やっぱり、まだ下がってねえじゃねえか」
「う……」
全快していない自覚はあったのだろう。幸村はばつが悪そうに眉尻を下げると、額を庇っていた腕を下ろした。
「しかし、昨日より良いというのは本当で」
視線を逸らしての子供じみた反論に、政宗は苦笑して、幸村の髪を片手で乱暴に撫でてやると鳶色の目を覗き込む。さんざんに汗をかいたというのも嘘ではないようで、髪の根元は汗で少しばかり濡れていた。
「昨日より良くても普段より悪ィんだろ? おとなしく寝てろ。側にいてやるから」
言えば、渋々といった様子で、幸村が布団に横になった。
もそもそと上掛けを引き上げて、憂鬱そうに息を吐く。
「病人になった気分でござる」
まさに病人だというのに、そんなことをぼやく。
喉で笑った政宗は枕元に置かれていた水桶を引き寄せると、中に浸されていた手拭いを拾い上げて水気を絞り、幸村の首筋と顔とを軽く拭いて、最後に額に乗せてやる。道中であれもこれもと予定を立てた楽しい看病計画、まずは一段階達成である。
「それほど辛くはねえみてえだな。喉は渇いてねえか?」
「うむ。さっき白湯を飲んだばかりだ」
そうか、と答えながら、政宗は内心で舌打ちする。
あと少し早く来るのだった。
そうすれば自分が口移しで飲ませてやって、ついでに舌も突っ込んで、
『ま、政宗殿、病がうつりまする!』
『Ha, 構やしねえさ。それに、オレはそんなに柔じゃねえ』
『だが、そのようになされては、それがし……ッ』
『……汗、かいちまった方が治りが早えこともある。付き合うぜ?』
とかなんとかそんなベタな遣り取りをしたかったのだが、これは先延ばし決定だ。滞在できる日数は少ないが、水を飲ませる機会は幾らでもあるだろう。焦ることはない。
「飯はどうした? もう食ったか? まだならオレが作ってやるぜ」
普通の飯は無理でも粥くらいなら食べられるだろうと、材料も道々手に入れて持参した。小十郎の畑からくすねたものだから味も確かだ。
幸村は今度は政宗の期待通り首を横に振って、けれどその後に「食えぬのだ」と弱く続けた。
「食えねえ、って……おい」
「昨日の朝に吐き戻してから、胸が悪くて何も食えぬのだ」
「何も?」
「……いや、薬湯と、白湯は飲んだ」
それでは何も口にしていないも同然だ。
そこまで酷いとは思わなかった。不謹慎な思考を恥じながらも呆れかえった政宗は、表情を険しくして幸村を睨み付ける。
「アンタ、そんなざまでオレを騙せたら遠乗りに行こうとか考えてやがったのか? 本気で? Ha, また大した馬鹿だな」
「病ではないのだから、政宗殿や皆が大袈裟なのだ! ……しかし、政宗殿に来て頂けて、それがし心の底から安堵いたした」
病気だろうが、と言い返す前に、幸村の熱い手が政宗の手を取って握り、そちらに気を取られた政宗は口を噤んだ。
また熱が上がってきたのか、やや潤んだ幸村の目がじっと政宗を見つめてくる。
「子を孕むということが、こうも苦しいものだとは思いもよらなかったが……」
「……子?」
「けれど安心してくだされ政宗殿。真田と伊達のどちらで育てるかはいずれ話し合わねばなりませぬが、それがし、必ずや元気な子を産んでみせまする!」
政宗の思考が一瞬停止して、数度の瞬きの後に、ようやく我を取り戻す。
「いや、待て。誰が子を孕んだって?」
だが口から出たのは似たような言葉で、幸村は不思議そうに首を傾げる。
「それがしが、でござる。であれば、政宗殿とそれがしの子に相違ござらぬ」
冗談を言っている様子ではない。そもそも幸村が冗談を口にする事など滅多にない。
「まさか、お疑いか政宗殿! それがしは、断じて政宗殿としか、あ、あのような破廉恥な行為は致しておらぬ!」
信じたくないが本気で言っているようだ。
「……おい、アンタ正気か? 熱でどっかやられたか?」
「ああ……そうでござるな。無理もござらぬ。それがしも男が身ごもるなど俄には信じられなかったが、佐助が言うには間違いないと」
間違いないと言われたところで、男の体はそういうつくりにはなっていない。
第一、絶対にあり得ないが、もし何かの間違いでそういうことが起こったとしても、身ごもるのはどっちかっつーとオレじゃねえか……?
とは口に出さずに、政宗は周囲を見回して、天井の一点に目を向けたところで視線を止めた。
「おい、忍、説明しろ」
「だってねえ。病だって言っても信じないのよ、旦那が」
「……え?」
天井板がひとつ外れて、そこから逆さまに、派手な色の髪が覗く。
するりと音もなく部屋に降り立った佐助は、肩をすくめると隅の柱に背を預けて、呆れた様子で幸村を眺めながら腕を組んだ。
「病? 冗談はよせ佐助。俺はこれまで病になど罹ったことはない! なーんて言い張って、ふらふらしながら普通に鍛錬とか始めようとしてさ」
「アンタ、声色真似るのすげえ下手だな」
「放っといてよ……。で、これまで罹ったことがなくても今罹ってるんだからって言ったところで聞きやしないし。なら、子が出来たって言っておけば大人しく寝てるかなーって思ってさ。いやあ大正解」
「Humn, なるほどな」
「……何だと?」
横になったまま目を丸くして、政宗と佐助とを見比べていた幸村は、ややあって、勢い良く布団の上に背を起こした。
「つまり、俺は病なのか!?」
「病だから寝ててくださいって」
「病だから寝てろっつってんだろうが」
異口同音に言われた幸村は、政宗によって、力任せに布団に逆戻りさせられた。起きあがった勢いで落ちた濡れ布を再び額に乗せられて、上掛けを首まで引き上げられる。
「そうか……。子が出来たのではなかったのか」
「熱があるからってあっさり騙されてんじゃねえぞ、アンタも。いいから、いらんこと考えてねえで寝ちまえ。その方が早く治る」
「そう致す。……が、その前に政宗殿。ひとつ頼みがあるのだ。聞いて頂けるだろうか?」
「あァ? 内容によるが、オレに出来ることなら聞いてやるさ。言ってみな」
見上げる幸村の目が笑みのかたちに細められて、口を開きかけたところでひとつ咳を零した。喉がおかしいのかそのまま二、三度立て続けに咳き込む幸村を見て、佐助が動く。
「水と咳止め、持って来るから」
「頼む」
咳き込みながら頷いて、治まったところで、幸村は改めて政宗を見上げる。
「ならば、お願い致す」
「おう、何だ?」
「それがしの側から離れていてくだされ。政宗殿にうつしては、申し訳が立たぬ」
言われて、政宗は目を瞠った。
それは聞けないとか、看病に来たのに離れていてどうするだとか、言い返そうとしたのだが出来る範囲ならばと答えてしまった後である。
「見舞いに来て頂けたのは本当に嬉しいのだが、この通りでござる。お頼み申す」
「オレぁ看病しに来たんだがな……仕方ねえ」
諦めの溜息をついて、政宗は幸村の髪に手をのばして後ろへと撫でつけた。
「夕方頃にまた来る。それで粥でも作ってやるから、それまでおとなしく寝て、根性で、飯食えるくらいまで治しとけよ?」
「……確約はできぬが、心得た」
髪を撫でていた手を瞼の上に置けば、幸村が目を閉じる感触がてのひらに伝わる。
立ち去る前にともう一度額の手拭いを濡らして水気を絞り、それを置き直す前に、政宗は幸村の額へと口づけた。
約束が効いたのか何なのか、日が落ちる頃には幸村は本当に食事が摂れるまでに回復した。
粥を作って食べさせたり、体を拭いたり着替えさせてやったりと、甲斐甲斐しい政宗の看病もあって翌日にはものの見事に完治した。
途端に出された遠乗りの提案は佐助と政宗とが声を揃えて却下したが、政宗と二人、城の敷地を歩いて梅を眺め、匂いを楽しみ、日が暮れた後はちょっと色々してしまったりもしたが政宗の具合が悪くなることもなく。小十郎との約束通り四日後には、政宗は上機嫌で奥州へと帰って行った。
その後奥州で妙な病が流行ったという話も聞かず、城で体調を崩す者も出ずに佐助は胸を撫で下ろし。
だが、一度思い込まされた幸村は諦めきれなかったのか、しばらくの間、もの凄く頑張ったら子が出来ることもあるのではないかと食い下がって、佐助を盛大に呆れさせた。
初:2007.02.17,04.02/改:2009.05.28 『病気の看病』選択課題・ラブラブな二人へ > お題配布元:リライト