息継ぎをする場所
窒息しそうだ。喉を塞いだ無形の塊に呼吸が詰まる。
忙しなく胸を喘がせて、吸い込んだ空気には濃い草いきれが混じっていた。
傾きかけた山小屋の明かり取りの窓からは夕暮時の焼けた光が射し込んで、どこか郷愁を誘うひぐらしの声が幾重にも響いては無遠慮に耳の奥を掻き乱す。それらから逃げるように、狭い小屋の板間の隅に姿勢を崩して座り込み、政宗は曲げた足の踵で黒ずんだ床を掻いた。
ひととき天から注いだ夕立のせいで空気は湿って重く、気温こそ下がったものの熱を孕んで不快なまでに肌に纏い付く。視界は朱く瞼を閉じてもまだ朱く、目を開けて視線を下ろせばそこにもまた趣の異なる朱がある。濡れて額に張り付いた髪の先から一筋、汗が伝って顎から雫が、はだけた胸へと落ちて流れた。
国境付近に用向きがあり、二日ほど時間が割けそうだと、忍を使って文を遣ったのはひと月ほど前のことだ。
最後に会ったのは幾つ前の季節のことだったか。忘れたわけではないが、考えるのが面倒になるくらいの時間は経っていて、落ち合って姿を見れば瞬時に理性が焼き切れた。
互いに掴みかかるようにして口づけた。
求めていた声、肌の感触と体温と臭いとに、頭の芯が痺れて思考がぐらりと揺れた。
そうして流れに任せて睦み合い、気が付けば幸村の着衣はまださほど乱れぬ状態で、袴と下帯だけを性急に取り去られた政宗の足の間に、幸村が顔を埋めている。
いつの間にこんな事を覚えたものかと呆れもするが、教えたのは政宗自身に他ならない。否、教えたつもりはないのだが、政宗が行えば幸村はそれを学習する。そして躊躇いもなく政宗へと施してくる。
ひぐらしの声に混じって、濡れた音が耳に届いて政宗は背を震わせた。足を泳がせ、は、と浅い息を吐いて気を散らす。霞む頭を振って覚まし、呼吸と連れて喉を迫り上がってきた言葉を、喉の奥深くへと飲み下した。
指を埋めた、柔らかく癖のある髪は、政宗と同じように汗ばんで濡れている。身を屈めて顔を近づければ汗の混じった体臭と、口の端から唾液に混じって零れる己の、先走りの青臭さが鼻をついた。
「……っ」
骨張った指がかたちをなぞり、濡れた音を立てて不慣れな舌に舐め上げられ、甘く噛まれ、吸い上げられして、政宗は体を折って幸村の髪に縋る。与えられる刺激が強くなり、脚を強張らせ声を細く漏らし、耐えきれず精を吐き出した。
放ったものを口内に受け止めた幸村が、慌てて顔を離すと口元を手で覆う。
間を置いて、残滓が政宗の衣服を汚した。
「……飲むな。その辺に吐いとけ」
後頭部をさすってやりながら言うが、幸村は首を振って眉根を寄せ、ややあってごくりと嚥下する微かな音が耳に届いた。
無理をする、と思うと同時、どこか居たたまれない心地にもなる。
褥の知識の浅い幸村は、政宗の行動をなぞる。放たれた精を飲むのもまた、かつて政宗がそうしたのだと思い知らされているようなものだ。自然、政宗の眉間に羞恥を映した皺が寄る。
凭れて呼吸を落ち着けたいところだが、幸村は体を起こさない。名を呼んで唇をねだろうかと考えた矢先、その唇が政宗の精液を含んだばかりだという事に思い至った。さすがに、触れる気にはならない。
眼を閉じて荒れた息を整えていると、幸村の指が、下生えを分けて再び政宗のものに絡みついた。
「おい?」
怪訝に思って髪をくいと引くが幸村は一度ちらと視線を上げただけで、先ほどまでと同じように政宗の股間に顔を埋める。萎えたものを扱き、舐め上げて銜えられ、ひくりと政宗の内股が震えた。
「Hey, stop it.」
掴んだ髪を、今度は痛みを与える強さで引く。それでも幸村は奉仕を続けて止める様子を見せない。
「やめとけ。顎、疲れてんだろ」
返事はなく、その替わりのように、先端を吸い上げる濡れた音が耳朶を打った。聞こえるようわざと立てたに違いないその音に、政宗は堪えるように顔を歪める。精を放ったばかりだというのに貪欲に首を擡げる自身に内心で舌打ちをして、幸村の髪をもう一度引いた。
「もういいから……抱かれてやるから、離せ」
言うと、ようやく幸村の口が政宗を解放した。
それに安堵したのも束の間。
「致しませぬ」
顔を伏せたままの幸村の表情は窺い知れず、ただ断固とした口調に、政宗は表情を険しくする。
「あ?」
「今日は、独眼竜殿に」
語尾が不明瞭に消えて、問い返そうとした政宗は、不意にきつく吸い上げられて殺し損ねた声を漏らした。
何を意固地になっているのか――或いは気に入ったものかわからないが、放す気がないことは確かだ。ならばせめて楽な姿勢を取ろうと、観念して体の力を抜くとゆっくりと背を床につける。
扱き上げる手指の感触。
濡れた舌と硬い歯と柔らかな唇の感触。
その行為自体は悪い気はしないものの、横たえた上半身が物足りなさを訴えていた。
射精はしたが満たされてはいない。もっと全身で体の熱とその重みを感じたがっている。
放り出していた手を持ち上げて、逸らした頭の額の生え際に指を入れ、汗の不快感を拭うようにぐいと髪をかき上げた。そうして下半身から意識を逸らそうとするのだが巧くいかず、導かれるまま、そう間をおかずに再び達した。
続けざまの吐精に息は激しく乱れ空気を求めて胸が喘ぐ。目尻には抑えようもなく生理的な涙が浮かぶ。
疲労感にこのまま眠ってしまいたいところだが、幸村の手が三度政宗の中心へと伸ばされて、政宗はぎくりと背を起こした。
「おい、いい加減に、……っ!」
言いさした言葉はひきつれた喘ぎに変わって消えた。
2006.03.07 えろ練習。続き書くつもりだったけど断念。すみません…。