危機的状況
(甲斐と奥州同盟中)
政宗がおかしくなった。
行動がおかしくなった。
幸村が食べている物を妙に欲しがるようになったのだ。
腹が減っているのかと問えばそういうわけでもないと言う。やらぬと断れば目を閉じて、雛鳥のように口を開けて待たれてしまったりする。幸村はといえばそれに思わず赤面して狼狽して、結局自分のぶんをいくらか渡してしまう羽目に陥る。今のところ幸村の全敗で、卑怯でござると抗議したが、こんな手にかかるのはアンタくらいだと馬鹿にされて終わった。
今も膳を並べて二人で夕餉を取っていたのだが、気が付けば政宗の箸が幸村の膳へとのびている。
「政宗殿。何故某の膳から飯を奪うのだ」
「ん? ああ」
指摘すれば箸が引っ込められてそれに安堵したのも束の間、政宗の手が幸村の腕を掴んでぐいと捻り、身を乗り出して箸先にあった魚を食べられた。
「箸から奪えばいいというものではござらぬ!」
しかし今のは少し可愛かった。
赤面する幸村を余所に、また政宗の箸が伸びてきて膳の上から煮物を奪っていく。
仕方がないので政宗の膳から同じ物を取ろうとすれば、手の甲を叩かれて思わず箸を取り落とした。
「政宗殿……。某にも我慢の限界というものがある」
食い物の恨みは怖ろしいのだ。険しい視線で政宗を睨むが、政宗はしれっとして悪びれる風もない。
「俺なりのkindnessってやつだ」
「その言葉は知らぬ」
「親切心だよ。アンタここんとこでかくなってきたからな、太らねえように気を遣ってやってるんだ」
「しかし確か以前は『肉をつけろ』と」
「記憶違いじゃねえのか?」
「否! 某、政宗殿の言葉なら全て覚えている自信がある!」
力強く否定すれば、ひととき目を丸くした政宗は、眉を寄せるとふうと溜息をついて顔を背けた。それを目で追って、幸村はひっそりと笑う。
「耳が赤いようだがどうされた?」
「Shut up. ……Okay, はっきり言おう」
「何でござろう」
顔を上げた政宗は、身体ごと幸村に向き直って姿勢を正す。向けられる視線は鋭い。
その予想外に真剣な様子に、つられて幸村も姿勢を正して政宗の言葉を待つ。
「お前、俺の背丈超したら同盟破棄」
「……え?」
「破棄」
「……本気でござるか?」
「おうかなりな」
そう言う政宗はごく真面目な顔で、幸村は途方に暮れる。
出会った頃は幸村の方が一寸ほど低かったものが、今となっては二人の身長差はないに等しい。そして政宗の成長は既に止まっており、幸村はまだじりじりと伸びているのだ。
「しかし、止めようと思って止められるものでは」
「努力しろよ?」
「………………本気でござるか?」
困惑しきって、お館様に申し訳が立たぬと呟いて半ば涙目になりかける幸村を気にも留めず、政宗は涼しい顔で、幸村の膳から炒った小魚を摘み上げると口に放り込んだ。
2005.12.01