show time

 強い腕に巻き込まれて視界が回った。
 いつものように、じゃれつく犬のように、抱きついた勢いが余ったわけではない。即座にそう感じ取って政宗は目を瞠った。
 縋るように背にまわされた腕のふるえ、きつく手首を押さえてくる汗ばんだ掌の熱。長い躊躇の末に耐えきれず組み伏せたのだと伝えて来るその感触。取り落とした杯が転がり、やがて軽い音を立てて畳に伏せる音を聞いた。
 乱暴に押し倒された衝撃をひととき目を閉じてやり過ごし、次に開けた時には情欲に濡れた幸村の双眸をごく間近に見る。その余裕のない色に、背筋がぞくりと震えるのを政宗は自覚した。弱く暖かな燭台の灯りの中、飢えた獣のような幸村の目と視線を合わせる。やがて隻眼を不安げに彷徨わせた政宗は、深く息を吐いて瞼を閉じた。
 その。
 ごくしおらしい様と裏腹に、政宗が内心であげるのは喝采である。
 馬鹿笑いと共にYeah! Okay, okay! Get it! と、叫びたい気分であるがそれは耐えた。
 薄く開いて待つ唇に、期待通り幸村の唇の、少しかさついた感触。触れ合うだけの口づけを繰り返すうち、戸惑いがちに唇を舐めて忍び込んできた舌に、自分の舌を絡ませる。そうするだけで、政宗の全身に奇妙に甘い痺れが走った。
 初めて深く味わう幸村の唇。舌の感触。
 キスだけで勃ちそうな自分が可笑しくて仕方がなくて、幸村に気づかれぬように少し笑う。
 上機嫌でくちづけに応える政宗の着物の袷に、熱い手が差し込まれて肌を直に辿りだした。胸のあたりから脇へと撫でさする手がむず痒いような感覚を生み出して、政宗が思わず鼻にかかった声を漏らしたその途端。
 幸村の全身が硬直した。
「あ……?」
 呆然と呟いた幸村は忙しなく瞬きをし、その目から獣じみた色が急速に失われる。
 その変化に、しまった、と政宗が内心で舌打ちをすると同時。
「あああああぁぁぁ!?」
 叫ぶなり顔面を紅潮させた幸村は、ものすごい勢いで部屋の隅へと後退る。ばっと両手をついて頭を下げた。
「真田源二郎幸村、一生の不覚!! だ、伊達殿に……ッ、このような不埒な真似を働こうとするとはあああッ!!」
 まさに平身低頭、床に額を擦りつけんばかりになって平謝りする幸村に、政宗は天井を眺め半眼になって深々と溜息を吐いた。

 
 正直、いい加減じれていたのだ。
 お慕いしていると先にそう告げてきたのは幸村で、その言葉に政宗が頷いた。それから一体どれだけの月日が経ったと思っているのかと、考えれば腹立たしい思いもする。共に夜を過ごしたのも一度や二度ではない。
 だというのに、会えば深夜まで友人同士のように話をして、それを超えて抱き合って、触れるだけの口づけをして、……寝る。この場合の寝るというのは本当に言葉の通り、ただ眠るという意味だ。
 その口づけにすら初めはさんざん躊躇って、顔を耳まで赤くして、触れた後には蕩けそうな笑みを浮かべてみせた。そのうぶな反応は、それはそれで悪くはなかったのだが。
 平和な寝息をたてる幸村の馬鹿面を見るたび、いっそ押し倒して突っ込んでやろうかと幾度も考えた。だが同じ男として、童貞より先に処女を失うというのは同情に値する。さすがにそれは思いとどまることにした。
 ちなみにそのあたりの情報は幸村お抱えの忍から聞き出したものだが、食えない目をした忍はなかなか口を割ろうとしないので難儀した。
 しかし政宗にそういった嗜好があるかといえばそれはなく、男に抱かれたことも抱かれたいと考えたこともない。
 果たして自分に耐えられるだろうかと手順を想像して、青くなったり赤くなったりしながら布団の中で頭を抱えた。それでもこいつにはいずれ抱かれてやろうと、腹を決めたのはそう最近のことではない。まあ、一度させてやったら後は遠慮するつもりはないのだが。
 そんな風に政宗が煩悶しているなどとは想像もしていないに違いない幸村は、遠路遙々奥州まで会いに来たくせに、今日もいつも通り無邪気な様で酒を飲み、いつも通り眠るつもりでいたらしい。
 冗談じゃない。オレらは一体何歳だ。
 直接的に誘いをかければ話は早いのだが、それも少しばかり腹立たしい。Coolじゃない、面白みがない。ここまで待ったのだから幸村に行動を起こさせたい。だから政宗は仕掛けることにした。
 何を仕掛けるかといえば色である。
 色を売る女たちの仕草を思い出して、度が過ぎないよう自分の仕草に混ぜてみたのだ。
 己を第三者の目で見ることができたなら腹を抱えて爆笑できたに違いないそれは、幸村に対しては呆れるほどの効果を発揮した。幸村は呆けたようにみとれる様子を見せ、顔を赤くして狼狽した。狙いはしたものの、男の作った科にこうも簡単に赤面するかといっそ不安になったりもした。
 兎も角、そうして上手いこと押し倒されるまでは進んだのだが、まさかあの段階で我に返られるとは思わなかった。その上謝ってみせるとは。
 体を起こして幸村を睥睨し、政宗は着衣の乱れた首元をばりばりと爪で掻いた。
「一生の不覚、ねえ」
「誠に申し訳ござらぬ……ッ!!」
「本気で謝ってんのか?」
「いかにも、この通りでござる!」
 両手をついた幸村が更に身を低くする。
 再び溜息をついて、政宗は億劫そうに立ちあがった。
「Okay. I see, I understand! 要するにアンタはしたくねえってことだなよーくわかったぜ」
「え」
 驚いて幸村が顔を上げるが、それには構わず政宗は部屋を横切ると寝間に続く襖に手をかける。
「不覚なんだろ? アンタはしたくねえんだろ? ならもう近づくんじゃねえ」
「だ、伊達殿?」
「俺は布団で寝るがテメエはそのへんに転がって寝ろ。勝手に風邪ひくなり何なりすりゃいいが俺にうつすんじゃねえぞ。じゃあな、goodnight coward」
「伊達殿、その」
「あァ?」
 不機嫌に答えて政宗は引き開けた襖に手を置き、肩越しに振り返ると幸村を睨み付ける。
「嫌、では、ないのだろうか」
 問いかけに政宗は鼻で嗤う。
「オレが? いつそんな事言ったって?」
「それは……、しかし」
 言いたいことは政宗にもわかる。
 好きだと言われて頷いた。それは確かにそうなのだが、政宗は同じ言葉を幸村に返していない。そして返すつもりもない。それはこんな男に惚れた自分の、最後の足掻きだと思っている。
 だから幸村は誤解するのだろう。想っているのは自分ばかりだと。
 間抜け面を見下ろす視線はそのまま、政宗は体を反転させて続く寝間へと後ろ向きに踏み込んだ。そうして、体ひとつ分の幅にひらいた襖の縁に両手をかける。
 らしくない遠回しはもうやめだと、口の端を上げて薄く笑った。
「どうすんだ? 来るなら、覚悟決めて来い」
 言うと、ゆらりと幸村が立ちあがる。灯に吸い寄せられる羽虫のように、抗えない力に惹かれるように、どこか茫然と一歩を踏み出す。それを目を細めて眺めながら。
「幸村」
 囁きの響きで名を呼べば、思い詰めた表情の幸村が数歩の距離を早足で詰めて、その腕が、攫う力で政宗を抱きしめた。
 
  
 互いに衣服を脱がせ合い、縺れるようにして褥に倒れ込む。
 閨事の類には疎い、何か間違えるかもしれぬと言う幸村に、政宗はあまり考えるなと笑ってやる。
「してえようにしてみろ。アンタが、触りてえと思うように、好きに触ってみな」
 言えば、幸村は躊躇いながらも政宗に愛撫を施してきた。手が露わになった上半身を這い回り、唇が首筋を鎖骨を舐めて胸に下りる。拙い指先はそれでも、政宗自身ですら知らなかった弱い部分を探し出して暴き刺激して、政宗の体を熱くした。
 そうされながら政宗も幸村の体に手を這わせ、骨のおうとつや肌の滑らかさ、所々に残る薄い傷の跡、癖のある髪の感触を楽しむ。
 触りたい舐めたいと、そういった欲は本能のうちに含まれているのだろうか。自分のはじめての時を思い出そうとするが、意識が散って上手くいかない。
 夢中で政宗の肌を辿る幸村の様子を楽しんでいられたのは初めのうちだけだった。表向きは余裕を崩さず、けれど徐々に、何か気恥ずかしさが心の中を占め始める。胸が締め付けられるような感覚もある。息が上がる。処理としての行為でなく、気持ちが伴うだけでこんな風になるものかと、僅かに残る冷静な部分で考える。
 徐々に下へとおりていく手が、熱の集まる政宗の下腹に触れた。両手で包まれ指先で撫で上げられて、政宗は思わず身を引く。
「待った、触んな」
 驚いたように幸村の手が離れ、不安そうに政宗を見上げてくる。
「良く、ないだろうか?」
「あー……」
 息を吐いて、政宗は背を起こすと幸村の中心に手を伸ばした。硬い手応えに触れると同時に軽く握って扱いてやる。途端、小さく呻きをあげた幸村が腰を引いて逃げた。
「悦いから、触んな。ゆっくり楽しませろよ」
「……理解した」
 互いに情けない顔で目を見合わせ、二人は揃って吹き出す。笑いながら幸村を引き寄せて唇を重ね、舌を差し込み絡ませながら再び布団に背を落とす。そうする間に幸村の手は政宗の脚を伝い、膝裏に辿り着く。ぐいと片足を肩に担がれて腰を上げられ、さすがにぎくりと体が強張った。とうに覚悟を決めたつもりでいたものが、この期に及んで逃げを打ちそうになる体を意志の力で抑え込む。
 手が尻の丸みを辿り、指先が求める場所を見つけて。
「……あ?」
 唐突に尻に押し当てられたその、……指ではありえない太さ。政宗は咄嗟に抱え上げられた足を曲げて幸村の肩に足裏をかけ、渾身の力で蹴り飛ばした。
 その予想外にもほどがある抵抗を、まともにくらった幸村は仰け反って吹っ飛び、畳に背中と頭とを強打する。
「だっ……!?」
 涙目で頭をさする幸村に、政宗は上体を起こして剣呑な視線を投げかけた。
「テメエ、今、何しようとした……?」
「な、なな何、と言われても」
 地を這うような低音で問いかければ、言葉にするのが憚られるのだろう、幸村は背を浮かせた姿勢で真っ赤になっている。
「そ、それがし、こういった行為には不調法ゆえ……その、そうしてはいけなかったのだろうか!?」
「ああ間違っちゃいねえさ最終的にはなァ? だがprocessってもんがあるだろうが! その前に!」
「ぷろせ……」
 疑問符を飛ばす幸村に近づいて、政宗は、その肩を両手でがっちり畳に押さえ付けた。丁度さきほどまでと逆の体勢になり、幸村が慌てて身を起こそうとするものの、押さえつけられた肩は畳からわずかに浮くだけですぐに押し戻されてしまう。
「だ、伊達殿!?」
「慣らしもせずに? 突然? 挿れようとしたらどうなるだろうなァ?」
 どこの誰が指導したんだか知らねえが教えるなら最後まできっちり教えやがれと内心で悪態をつき、政宗は膝を使って幸村の脚を開かせた。
 うぶなのは嫌というほど理解していた。疎いのだと言われもした。その幸村に子細な知識を求めた自分が馬鹿だったとも思うが、同じつくりの体だ。少し考えればわかるだろうに、何の準備もなく突っ込まれかけたのだ。
 多少痛い目を見せるくらいは良いだろう。
 考えて、政宗は物騒な笑みを浮かべてみせる。
「まずはアンタの体で試してみようぜ」
「いや待たれよ、できれば言葉で」
「Shut up, loser」
「伊達殿……ちょ、この体勢は某の想像と少し違」
「さーて覚悟はいいかァ?」
 抵抗を試みる幸村の両腕を、邪魔だとばかりに頭の上に纏めて左手で押さえつける。
 幸村は身を捩り制止をかけるが、六爪をあやつる腕にかなうはずもない。強姦じみていて意外とそそるなどと幸村が聞けば絶句ものの感想を抱きつつ、政宗は、蒼白になりながら引きつった笑みを浮かべる幸村を見下ろして、至極楽しげににやりと笑った。
「It's show time」

初:2005.11.13/改:2009.05.28